スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

イーリー大聖堂(イギリス)

イギリスにはゴシックの大聖堂が数多くあるが、今迄一度もご紹介したことがない。折に触れお話しているように、フランスを中心とする大陸側の大聖堂と比べ、魅力に乏しい、と考えていたのが主な理由だが、そうは言っても、事実として非常に多くのゴシック大聖堂が存在するので、本当に久しぶり(実に25年振り!)に、一つ試しに見学してきたので、ご紹介させて頂く。先に結論から申し上げると、今迄敬遠していたことを非常に後悔する位、大変素晴らしいものだった。

DSC05533a.jpg
~イーリー大聖堂遠景~

イギリスの大聖堂を見るに値しない、と思い込んでしまっていた理由は、その建築構造上の平凡さ(と言って良いのかどうか分からないが)故だ。一般的に、イギリスのゴシック大聖堂は、天井が非常に低く、20m台前半・半ば程度のものが殆どで、これは、フランスの規模の大きなロマネスク聖堂(トゥールーズ、コンク等)や、一部の初期ゴシック大聖堂と同じ高さで、シャルトル、ランス等フランスの主要なゴシック大聖堂の高さ(30m台後半)には遥かに及ばない。ゴシック建築の技術的挑戦の最も重要なものの一つは、天井高の追及で、天井が高くなればなるだけ、その自重と高所の風による横圧力に耐えるだけの構造が必要となり、フライングバットレス、控え壁の洗練さ、あるいは堂内の石柱や天井の構造とのバランスといったものが求められ続けたことは、今迄何度もお話した通りだ。これに挑戦していくことで、フランスのゴシック大聖堂は時代と共に巨大化し、構造が洗練されていった。これに対し、20m台の天井高では、それ程の技術的革新が必要とされることもなく、実際、イギリスでは、側面にフライングバットレスを備えていないゴシック大聖堂がかなりある(つまり、フライングバットレスによる補強が必要ないということ)。天井が低い一方、イギリスの大聖堂は非常に長く、主要なものは殆どが150m以上もある(フランス最大のアミアン大聖堂でさえ、145m)が、長さは敷地さえあれば、特別な建築技術を要さずとも、いくらでも伸ばすことは可能なので、結果、イギリスのゴシック大聖堂は大したことはない、と結論付けてしまった次第。実際、大学の卒業旅行でいくつか見学したものの、感動することもなく、当時の印象が今まで続いていた、ということになる。

DSC05538a.jpg
~大聖堂西側を南側面より望む~

上記の経緯から、社会人になってから今迄のゴシック大聖堂訪問の旅の中、イギリス一ヶ国だけ全く足を踏み入れていなかったのだが、今回訪れて、今迄の考えが完全に間違っていたことに痛い程気付かされた。いや、むしろ、若い頃には理解できなかった素晴らしさ、美しさが、年を取って、ようやく分かるようになった、ということなのかも知れない。他の大聖堂、あるいは、他の芸術作品でもそうだが、若い頃に素晴らしいと思わなかったものが、この年になって改めて見てみると、「こんなに素晴らしいものだったのか」と再認識させられることが良くある。これは、自分の価値観や、それに基づいた人間関係とも同じで、若い頃は、一つの価値観、考えに大きく支配され、そこから逸れるものについては、受け入れなかったり、批判していたものが、年を経るにつれ、それが自分の未熟さ故と分かるようになり、色んなものが見えるようになってきて、人・物問わず、理解できる、尊重できるものが昔より増えてきたからなのかしれない。昔は感受性が豊かなのは若い内であって、年を取ってしまうと、美しいものに感動できなくなってしまう、という焦りのようなものがあったのだが、実はその反対で、年を経てきたからこそ、色々な美しさが分かるようになってくることもあるのだ、ということを最近実感している。そうであれば、体の動く限り、ゴシック大聖堂を見る度、新しい感動があるはずなので、これからも先の長いゴシック建築行脚を続けようと思う。

DSC05528.jpg
~イーリーの町を流れるグレート・ウース川~

久しぶりのブログ再開なのに、いらぬ事を長々と書いてしまった。さて、漸く、今回訪れたイーリー大聖堂をご紹介することにしたい。

イーリー、Elyという町は、ロンドンの北約100kmのところにあり、ケンブリッジから列車で15分程度の、人口約15千人の小さな町だ。イーリーの名前の由来は、ウナギeelから来ている、とする説と、島を意味するy、eyから来ている、とする説があるが、この辺りは、昔、泥沢地帯で、ウナギが沢山生息してことは確かなので、前者の由来の方が信憑性が高いようだ。駅は町のはずれにあり、15分も歩くと、大聖堂のある町の中心に着く。未だ古い街並みを多く留める美しい町だ。ちなみに今回宿泊した、大聖堂のすぐ近くにあるLamb Hotelは、15世紀の旅籠屋にまでその歴史を遡ることのできる古いホテルだった。大聖堂の横にある大きな芝の公園や、町中を流れるグレート・ウース川の畔の散歩道等、小さいながらも、とても気持ちの良い町だ。

DSC05543a.jpg
~西尖塔と西翼廊~

さて、正式には、「聖なる三位一体不可分の大聖堂教会」という長い名称を持つ(イギリスの大聖堂は、ここイーリーに限らず長い名前が多い)イーリー大聖堂だが、ます写真を見て頂いてお分かりのように、大変変わった外観をしている。歴史的背景と共にご紹介していきたい。

DSC05598a.jpg
~交差部の八角採光塔゜Octagon゜~

大聖堂の前身は、エセルトリーダが7世紀に設立した女子修道院にある。彼女は、イースト・アングリアのアナ王の娘で、2度の結婚を経つつも、大変敬虔なキリスト教徒であったため、処女のまま生涯を通し、673年にイーリーに修道院を建設、初代修道院長に任じられた。680年に首にできた腫瘍のため病死したが、大理石の棺に納められるため、17年後に墓より掘り起こされた死体は、腫瘍が治癒し、衣服も埋葬された当時のままだったと言う。その霊験灼さから、聖人に列せられ、多くの巡礼者を集めることになる。

一方、エセルトリーダが興した修道院は、870年頃、デーン人(デンマーク辺りに居住していたノルマン人)により侵略、破壊されてしまう。その後、カンタベリー司教ダンスタンによる、宗教活動の復興の動きの中、970年に修道院は再建され、エセルトリーダの棺を配することもあってか、イングランドにおける指導的な修道院の役割を果たすようになる。

DSC05377a.jpg
~ ~交差部から身廊を見る~

1066年、ノルマン公ウィリアムによるイングランド征服は誰もが知るところだが、ここイーリーも、激しい抵抗があったものの、征服王の手に落ちることになる。イーリー攻略後、ウィリアム一世となった征服王は、1083年、元あった修道院の近くに、現在の大聖堂となる新修道院教会堂の建設を命じる。請け負ったのは、イングランド南部のウィンチェスターから来たアボット・シメオン、当時建設が開始されていたウィンチェスター大聖堂に倣った、とされる。その後建設はアボット・リチャードに引き継がれるが、同修道院を大聖堂へと格上げするという野心を持った彼は、身廊を巨大化(長大化)する。その甲斐あってか、1109年に修道院は大聖堂の地位が付与され、1140年頃には身廊と西翼廊(北側部分は15世紀に崩壊)の一部が完成、小休止を経て、12世紀後半に西翼廊及び西塔が完成する。エセルトリーダの棺が元あった修道院から大聖堂に移されたのはこの頃のようだ。西塔下部からさらに突き出た、ガラリア・ポーチと呼ばれる入口が初期ゴシック様式で付加されるのは13世紀初頭、続けて内陣が同じくゴシック様式で建設され、1252年に当時の王ヘンリー三世により献堂された。

DSC05447a.jpg
~西塔よりOctagonを見る、窓を見ると、翼廊がロマネスク、Octagonがゴシックで建てられているのが分かる~

上記の建設年代を見ればお分かりのように、ゴシック様式が普及するより早い時期に建設が開始されたのが分かる。ゴシックに先立つ様式と言えばロマネスクだが、イギリスでは、ウィリアム征服王が大陸のフランス、つまりノルマンディからもたらした様式という意味で、ノルマン様式と呼ばれる。このノルマン(=ロマネスク)様式で建てられた部分は、西塔及び西翼廊、身廊の部分及び交差部翼廊部分となり、その他の、西入口(上記ガラリア・ポーチ)、交差部のOctagonと呼ばれる八角形の採光塔、内陣及び北東部分に突き出たレディ・チャペルがゴシック様式と、ノルマン、ゴシック様式が混在した大聖堂となっている。一つ追加しておくと、イーリーに限らず、イギリスの大聖堂でノルマン様式を採用しているものの多くの天井は、円形天井ではなく、尖頭アーチ型の交叉ヴォールトになっている(実際は、イーリーでは、後程ご説明の通り、ヴォールトは木造天井により隠されているが)。これは、ノルマンディー地方のロマネスクの聖堂も尖頭アーチの天井が多い(カンの男子修道院等)ことからもお分かりの通り、ウィリアム王のイングランド征服による、ノルマンディの建築様式の影響が強く表れているものと見ることが出来る。

DSC05651a.jpg
~西正面全景~

DSC05667a.jpg
~西翼廊越しに西塔を仰ぎ見る~

DSC05661a.jpg
~西正面に迫出したガリラヤ・ポーチ~

DSC05471a.jpg
~ナルテックスのノルマン様式の円形装飾~

各部を順に見ていこう。まずは西側部分。冒頭でも述べたように、正面から見た姿は、他では見られない風変わりな外観をしている。真ん中にノルマン様式の単塔が聳え、南側に西翼廊が張り出している。西塔の上部のみゴシック様式の尖頭アーチが見られるが、その他の部分は円形アーチによるノルマン様式となっている。その横に、入口がスクリーン化したように翼廊が伸び、端には円形の塔が南向きに2塔付加されている。一瞬、お城の正面かと見間違うようなその外観はロマネスクながら重々しさは少しもなく、落ち着いた気品のある佇まいだ。正面前の芝の公園の緑と青空とのコントラストの中に映える姿はとても美しい。残念ながら、北側の翼廊は15世紀末に崩壊し、その後修復されないままとなっている。西正面中心下部に迫り出しているのが、ゴシック様式のガラリヤ・ポーチ。トンネルを抜けて堂内に入るような感じになっており、ナルテックスのような役割を果たしている。ただ、西翼廊部分がナルテックスとなっているので、長い道のりを経て世俗の世界から神の世界へ入っていくような印象を与える。一つ付け加えておきたいが、イーリー大聖堂は、上述の通り、他のイギリスの多くの大聖堂と同じように、2重翼廊となっている(但し、西正面に翼廊が付加されている例は稀)。フランスのサン・カンタン聖堂をご紹介させて頂いた際、2重翼廊構造を非常に珍しい、としてご紹介したが、イギリスでは普通の様式であった。調べてみたら、フランスでも2重翼廊の例はあったが、11世紀以降は建設されなくなった、とある。イギリスのゴシック大聖堂を敬遠していたため、知識が不足していたわけだ。ちなみに、西塔にはガイドツアーで上ることができる。頂上からは素晴らしい景色と、Octagon、中央交差部の採光塔の全景を眺めることができる。

DSC05379a.jpg
~身廊天井~

DSC05614a.jpg
~交差部から身廊を見る~

DSC05602a.jpg
~天空に浮かぶ緑の川のよう~

DSC05558a.jpg
~ノルマン(ロマネスク)様式の円形アーチ~

DSC05480a.jpg
~側廊の尖頭アーチ天井(オジーブは存在しない)~

さて、身廊に足を踏み入れると、ここでもまた、他では見られない姿に接することになる。側廊に開いたアーケード、トリビューン、その上の高窓層の3層構造となっている点は、フランスの大聖堂を同じだが、天井が船底のように木の板で塞がれていることだ。これは、19世紀に醜いリブ(助骨)を隠すために木の天井を被せたとのことだ。天井には薄い緑青を背景に聖書の物語が、その長さ76mに亘り延々と描かれ、石灰岩の白の円柱とのコントラストもあり、天空に緑の川が明るく光を浴び流れるような印象を受ける。また、交差部に近いところでは、極彩色に彩色されていたアーケードの名残を見ることができ、当時の、まばゆいばかりに彩られた堂内を想像することができる。

DSC05490a.jpg
~交差部~

DSC05571a.jpg
~Octagon~

DSC05338a.jpg
~Octagonを支える多数の梁~

DSC05347a.jpg
~採光部より交差部を見下ろす~

DSC05343a.jpg
~採光部の天使のパネル~

DSC05341a.jpg
~採光塔頂部~

DSC05359a.jpg
~屋根に上り頂塔を間近に見る~

DSC05364a.jpg
~Octagonから西塔を見る~

DSC05446a.jpg
~こちらは西塔から見たOctagon~

DSC05448a.jpg
~Octagonとケンブリッジシャーの風景~

DSC05633a.jpg
~Octagonの構造の模型~


歩を進め、交差部に向かうと、急に視界が広がる。先程も述べたOctagonと呼ばれる八角形の採光塔だ。ここが、イーリー大聖堂のハイライトであり、かつ、イギリスの全大聖堂、いや、全ゴシック大聖堂の中でも、最も美しい採光塔の一つだと言うことができると思う。元々、ノルマン様式で四角形の採光塔が建てられていたのだが、1322年、支えていた四隅の石柱の脆さと、北側のレディ・チャペル建築工事の影響による地下水層の沈下が要因となって、採光塔が、隣接する部分を伴って崩壊してしまう。修復工事は、より強固な基礎をし、より広大な空間を創出することを目的として、ゴシック様式による八角形の採光塔を建設することで1327年に開始される。天井高のところまでは、八本の石柱が聳えるが、その上には、恐らくは資金面の問題から、また恐らくは建築技術上の問題から、石材ではなく、木材による採光塔が設置される。1400年頃、その上に頂塔が備え付けられ、八つの端には、長さ19mの1本のオーク材が用いられた。総重量200トンにも及ぶこのOctagonは複雑な多数の木の梁で支えられている。ガイドツアーにより、Octagonの裏側及び屋根を見学することができるのだが、重量をうまく支え逃がす、幾重にも重なった梁を見ると、当時の卓越した建築技術を垣間見ることができる。また、屋根に上ると、間近に頂塔と、イーリーの町越しに、ケンブリッジシャー地方の美しい景色を眺めることができる。採光塔下部には 天使の絵が計32のパネルに描かれているが、見学者には、裏からパネルを開けて、中を覗かせてもらえる。緑、赤、淡い黄で彩色された天井をすぐ真上に仰ぎ見ることができ、天国への入口に手が届きそうな感覚になる。

DSC05569a.jpg
~交差部基部の石柱~

DSC05495a.jpg
~真下からOctagonを見上げる~

DSC05380a.jpg
~Octagon拡大部分~

DSC05571a.jpg
~美しい色彩のグラデーション~

DSC05500a.jpg
~Octagon越しに身廊天井を見る~

DSC05508a.jpg
~翼廊天井~

DSC05498a.jpg
~Octagon基部のステンドグラス~

間近で細部を見るのも、とても興味深い経験なのだが、Octagonの美しさは、やはり下から仰ぎ見た際に一番満喫することができる。土台を支える八本の石柱と石柱を繋ぐ木材の基部が幾本ものリブを構成し、色鮮やかに彩色されながら、採光塔の中心へ収斂していく様は、無限の天空へと光が登っていくようで、さながら西洋の日光東照宮を見ているよう。緑、赤、淡い黄の彩色は、下部では天井の暗がりへと溶け込み、また、頂塔天井の彩色は、すぐ下の窓から差し込む光によりまぶしく弾け、光の濃淡の暈しを作り出す。私は今まで、このように独創的で美しい採光塔は見たことが無い。これを見るだけでも、はるばるイーリー大聖堂に来る価値は十分にあると思う。

DSC05402a.jpg
~内陣から交差部を見る~

DSC05397a.jpg
~内陣のゴシック様式の3層構造~

DSC05420a.jpg
~こちらは北側~

DSC05399a.jpg
~内陣天井の複雑なリブ~

DSC05611a.jpg
~装飾リブを真下から見る~

DSC05409a.jpg
~美しい内陣仕切り~

DSC05401.jpg
~パイプオルガンと聖歌隊席~

DSC05417a.jpg
~祭壇~

Octagonの先に展開するのは、こちらは完全なゴシック様式の内陣。聖歌隊席やパイプオルガンの装飾が大変美しい。また、天井を見上げると、ここでもイギリスのゴシック様式の特徴が見える。普通、ゴシックの天井は4分もしくは6分ヴォールトになっているが、イギリスのヴォールトは、装飾ヴォールトと呼ばれる、装飾要素を持つ非常に複雑なオジーブで覆われている。レースの網目模様のように美しいが、イーリーのものはこれでも未だ単純な方。グロスター大聖堂やピーターバラ大聖堂のそれは、楔帷子のように複雑な模様をしている。

DSC05415a.jpg
~東端のステンドグラス~

DSC05428a.jpg
~ステンドグラスを見上げる~

DSC05432a.jpg
~装飾様式の彫刻~

東端は円形ではなく、フランスの初期ゴシック(ラン大聖堂)に見られるような壁面式となっている。嵌め込まれたステンドグラスは、19世紀の新しいものではあるが、深みのある幻想的な色合いを見せてくれる。北側には歴代司教の石棺があるが、入口を飾る装飾は完全なフランボワイアン様式。ただ、イギリスのゴシックでは、同様式は単に装飾様式と呼ばれる。ここで、今後改めてイギリスのゴシック大聖堂を沢山ご紹介させて頂くので、イギリスにおける中世教会建築様式の呼称を時代順に並べておく。
ノルマン様式(但し、尖頭アーチ型の天井が多い)
初期ゴシック様式
装飾様式(フランボワイアン様式に近い)
垂直様式(垂直性を強調したもの、ただ、フランスの垂直性とは少しニュアンスが異なる。同様式を採用した大聖堂をご紹介する際、詳しく説明させて頂く)

DSC05437a.jpg
~レディ・チャペル~

DSC05438a.jpg
~周囲を埋め尽くす装飾様式の彫刻~

北側の内陣側廊を交差部の方へ向かって歩くと、右手に出る通路がある。これが、14世紀に完成したレディ・チャペルだ。縦横30m x 14m、高さ18mの非常に広大な空間で、側面は窓ガラスで埋め尽くされ非常に明るい。壁面下部は装飾様式(フランボワイアン)で覆われており、また、天井は非常に複雑なオジーブで覆われている。

南側側廊には「修道士の門」と呼ばれる、ノルマン様式の彫刻が素晴らしい門があるのだが、時間がなく見ることができなかった(それでも計5時間見学したのだが)。また次回来た際に必ず見ようと思う。

DSC05667a.jpg
~西正面とOctagon~

DSC05701a.jpg
~身廊を外から見る~

DSC05330.jpg
~内陣のフライングバットレス~

DSC05515a.jpg
~東端を外側から見る~

外に出て改めて外部を眺めてみる。身廊部分の側面には、フライング・バットレスは掛かっていない。ノルマン様式ということもあるが、天井高僅か22m、支える補強材が必要無いということだろう。一方、内陣は天井高26m、それ程高くは無いが、こちらはゴシック様式で建てられており、フライング・バットレスもきちんと架かっている。ちなみに、いつもの如く、大きさを記しておく。全長161m(長い!ただ、イギリスにはもっと長い大聖堂がある)、Octagonの高さ52m、西塔の高さ66m。最初にお話した通り、低くて長い、というのがお分かり頂けると思う。

DSC05674a.jpg
~夕陽を浴びる西正面~

DSC05689a.jpg
~西塔を西翼廊~

DSC05697a.jpg
~ガラリヤ・ポーチ~

DSC05703a.jpg
~斜め越しに見たところ、西翼廊北側が崩れているのが分かる~

夕陽が当たり朱色に燃える大聖堂もまた美しい。凛と立つ貴婦人のようで、「フェン地方の女王」と呼ばれるのも十分納得がいく。夜の帳が降りると、ライトアップされるのはOctagonだけ。その他の部分は暗闇の夜空に溶け込んでしまう。若干物足りなかったが、八角形の採光塔のみ浮かび上がる様は、これはこれで幻想的であった。

DSC05743a.jpg
~夕闇が降り始める~

DSC05719a.jpg
~シルエットのみが浮かび上がる~

DSC05755a.jpg
~ライトアップされたOctagon~

夜はレストランで生ビールを1.5パイントも飲んでしまった。昼間25度以上まで上がった暑い日でもあったので、冷たいビールが喉に気持ち良かった。

本当に、本当に久しぶりにイギリスの大聖堂を見たが、今までの自分の(イギリスの大聖堂は大したことないという)思い込みを大変後悔した。もっと早くに色々見ておけば良かった。近いうちにきちんと長い休暇を取って、じっくりイギリスの大聖堂を見て回る旅をしたいと思う(きっと子供達には大不評だと思うが)。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

クータンス様
久しぶりの更新ありがとうございます。これからゆっくり拝見させていただきます。大聖堂の写真を見るだけで心がなごみます。これからも期待しております。

Re: No title

アラベスク様
早速にご覧頂き、有難うございます。
しばらくご無沙汰してしまいましたが、また続けたいと思いますので、お時間のございます時にでもご覧頂ければ幸いです。
プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。