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ピサ大聖堂

ミラノ、パヴィアとゴシックの後はイタリア・ロマネスクの傑作であるピサ大聖堂を訪れた。

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~ピサ大聖堂と鐘楼(斜塔)~

ミラノから車で約3時間、中部イタリアの風光明媚なトスカーナ州にある。ピサというと斜塔であまりにも有名で、それ以外には殆ど何も知られていないと思うが、中世の頃にはヴェネツィア共和国と並ぶイタリア有数の海洋国家として栄えた町で、今でもピサ県の県庁所在地となっている。海洋国家なので当然町は海沿いにある。もうすぐそこは地中海、斜塔が傾いたのも、町を流れるアルノ川が河口付近に運んできた砂の地盤の上に堅固な基盤を築かず(高さ55mの塔に地下の基礎がたった3mだそうだ)建設を開始したことが要因らしい。

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~斜塔の最上階から見たトスカーナの景色、結構高い山々が連なっている~

また、トスカーナと言えばなだらかな起伏に芝の緑や花畑の黄色など、鮮やかな色彩の化粧を纏った大変美しい風景で有名なのだが、ピサに向かう途中の道路からも何度もそのような景色にお目に掛かることができた。それから、イタリアの内陸部にはかなり高い山々が連なっている。どこを走っても地平線が見える平坦な大地が広がるフランスとは大きく異なり、むしろ日本の風景に似ているような感じがした。

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~整然とした美を見せる西正面~

ということで、ピサの町に着くとすぐ、大聖堂に直行した。上でも少し話したが、ピサの斜塔の知名度に隠れてしまっているが、斜塔は単独で存在しているわけではなく、ロマネスク様式のピサ大聖堂の一部を構成する鐘楼なのだ。フランスその他の国の大聖堂は西正面に尖塔を頂いているが、イタリアでは、本堂と離れたところに独立して鐘楼を建てるのが伝統になっている。また、洗礼堂も別に建てるのが通例。よってイタリアで大聖堂と言うと、本堂・鐘楼・洗礼堂の3セットのことになる(勿論、これからご紹介するシエナ大聖堂のように、尖塔が本堂にくっついているもの、尖塔自体が存在しないオルヴィエート大聖堂のようなものも存在する)。

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~洗礼堂階の窓から見た大聖堂西正面~

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~西正面上部の浮彫列柱越しに斜塔を見る、均整の取れた美~

大聖堂の建設は、1063年に本堂が着工、急ピッチで建設が進められ1118年に完成 その後洗礼堂が1152年、鐘楼が1173年に着工される。本堂の全長はなんと96m、フランスに現存する最大のロマネスク建築であるトゥールーズの聖セルナン聖堂は、着工が1080年で全長115m、スペインの巡礼路の聖地であるサンチャゴ・デ・コンポステーラの大聖堂は同じくロマネスク様式で建てられているが、1075年着工で全長97mであるから、ピサ大聖堂がどれ程壮大かということが良く分かる。フランス、スペインのロマネスクの2大聖堂よりも先立つ時期に、同じスケールを持つピサ大聖堂の建設を可能ならしめた、ピサ共和国の強大さ、権勢を容易に想像することができる。

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~ロマネスクにしては極めて巨大な大聖堂~

着工された時期はピサ共和国が最も盛隆を極めた時で、コルシカ、サルディニア、シチリア各島を傘下に収め、北アフリカのチュニジアにまでその勢力を伸ばしており、各地から収奪した財宝や資金によりこの壮大な大聖堂は建設されていった。洗礼堂、本堂、鐘楼に本堂の北側に位置するカンポ・サント(聖墓所)を加えたこれら4つの建築物のある広場は「奇跡の広場」と呼ばれ、ユネスコの世界遺産に登録されているが、建築物は、まさに一寸たりとも動かしようがない数式の配列のような完璧な配置で存在しており、これらが一目の下に居並ぶ様は、表現する言葉も見当たらない程美しい。まさに、「奇跡」と呼ぶに相応しい広場だ。広場のどこにいても、どの建築物のそばにいても、爽やかな風が横を吹き抜けるような感覚になる。清清しい、明るい、「陽」の広場。

DSC06963.jpg~奇跡の広場の構図~

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~西正面を見上げる、立ち並ぶ円柱が美しい~

建築物を一つずつ見て行こう。まずは本堂。先程規模について説明した通り、これが本当にロマネスかと思う程巨大だ。そして、フランスやスペインのロマネスク建築に見られるような素朴さではなく、磨かれたように洗練された均衡と調和が外観を満たしている。西正面上部には規則正しく配列された細い円柱群が4層に上に積み上げられ、側面には縦横の線が色大理石によって、こちらも規則正しく配置されている。陽の光を浴びると、弾けるように眩しい白が浮き立ち、青空と美しいコントラストを作る。これは神への畏敬の念により建てられた建築物ではなく、人間への賛歌だ。建築様式としては、円形アーチの採用や狭い窓など、ロマネスクの特徴を備えているが、フランスやスペインのロマネスクとは根本的に異なるものだ。そこには神や地獄に対する崇拝・畏怖の念などが微塵も感じず、むしろ、ポルトガル旅行記のところでご紹介した、リスボンのジェロニモス修道院と同じ印象を受ける。あちらも海洋国家の富により建設された建築物、人間の持つ「可能性」への信頼感・自信といったものが建築物として結晶したような印象を受ける。中世の時代、海洋国家により栄え、富がふんだんにあった地域と、血生臭い宗教間の対立で常に疲弊していた地域との差が、同じ建築様式を採用しても完成された姿にこうも異なって表れるものなのだろうか。

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~堂内、外陣から内陣を眺める~

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~窓が小さいにも拘らず非常に明るい~

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~内陣の美しいモザイクとフレスコ画~

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~色鮮やかなフレスコ画と柱の影との対比~

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~繊細な彫刻の説教壇~

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~東洋風にも見える天井(なんだか東照宮のよう?)~

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~アーケードの柱が規則正しく並ぶ~

堂内もまた、フランスのロマネスク建築とは異なり、天井が石造りの円形アーチではなく、平面の木造天井となっている。海洋交易を通じ、当然イスラム文化とも接触していたのであろう、文様が東洋風にも見える。内部はフレスコ画や彫刻装飾で満たされており、素朴なロマネスクではなく、豪華な印象を与える。ゴシック様式の繊細な説教壇が見事だ。

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~洗礼堂越しに大聖堂を見る~

洗礼堂も見事。この素晴らしい円形の建物はここから何一つ削ぎ落とすことが出来ない程洗練されている。壁面の大理石の白とオレンジ色の屋根の対比が青空を背景に一層際立つ。

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~カンポ・サントの回廊~

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~カンポ・サント、中庭~

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~回廊から大聖堂中央円蓋を見る~

そして、カンポ・サント。美しい回廊が中庭の周りを囲む。空の青さに洗われたような白・薄紅・グレーの大理石がこの内側に開いた時間を止める。静謐の一時。

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~あまりにも有名な鐘楼、「斜塔」。この傾き!~

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~夕陽を浴びる斜塔~

DSC06998.jpg~斜塔の最上階から奇跡の広場を見下ろす、この隙間の無い構成美~

DSC07003.jpg~大聖堂後陣の破格の美しさ~

しかしながら、何と言っても素晴らしいのは鐘楼、「斜塔」だろう。6層の回廊の上に一回り小さい最上階が載る。高さ55m、現在の傾斜角は5.5度となっている。「傾き」は建設直後から始まったが、中断はされず、そのまま少しずつ逆に傾斜させて層が築かれ、遠くから見ると傾斜の緩い三日月のような形をしている。1990年から傾きにより倒壊を防ぐ大規模な改修工事が行われ、略10年後の2001年から一般観光客への観光が再開された。私が最初に斜塔を訪れたのは1989年、丁度改修工事の前年、今では、きちんと柵のある最上階とそのすぐ下の階しか外に出ることが出来ないが、昔は途中の階でも外に出ることができた。昔の写真を見ると何の鉄柵もなく、回廊の柱におっかなびっくり凭れ掛かっているのだ。大丈夫だったのだろうか。落ちたりした人はいなかったのだろうか。今になって、よく恐がらず回廊に出られたなあと思う。実際に塔を見ると物凄く傾いている。最上階に上って下を見る時と自分が傾いていることが良く分かり、かなり恐い。ただ、ここから見る大聖堂と洗礼堂、そしてトスカーナの景色は例えようもなく素晴らしい。「爽快」、ピサの大聖堂を見て湧き上がる気持ちはこの一言に尽きる。見ていて感動する大聖堂は沢山あるが、爽快な気分になる大聖堂はめったに無いと思う。

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~夕陽を浴びる西正面~

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~夕陽を背景に洗礼堂を見る~

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~まさに「奇跡」の広場!~

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コンク修道院教会堂とフランス南西部のロマネスク彫刻

雨脚が強くなってきたロデズを後にし、コンクを目指す。この辺り一帯はマッシフ・サントラル(Massif central、中央山塊)と呼ばれる、山地や台地からなる地域の一部で、細い山道をくねくねと曲がりながら目的地へ目指す。距離的には40km程に過ぎないが、到着迄1時間以上掛かってしまった。隠遁地と呼ぶに相応しい山奥に、コンクの村が見えてくる。人口僅か3百名弱。本当に小さな村だ。それでも中世には聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路にある一大巡礼地として栄えていたのだから、昔の人達の信仰心には驚かされる。車でさえ来るのが大変なこんな僻地に歩いて巡礼に来るのであるから。

DSC04733.jpg~霧の中にコンクの村が見えてくる~

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~真ん中に見えるのが修道院教会堂の尖塔~

ここでの目的は3世紀に殉教した聖女フォアに捧げられたロマネスク教会堂を見ることだが、その前に簡単に村の歴史についてお話しておきたい。

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~西正面~

DSC04760.jpg~南側面~

この地に修道院が設立されたのが5世紀というから大層古い歴史を持つ村ということになる。9世紀以降ベネディクト会修道院として栄えるが、アキテーヌ王ペパン2世が下流の町フィジャックを“新コンク”として庇護したことから、山奥の“本家”コンクの方は寂れてしまう。一方、当時、巡礼者達を引き付けるものは何かというと、聖人の遺骨や身に纏っていた物等の「聖遺物」。これを一目見てご利益を授かろうと、信者達はこぞって聖遺物を所有する教会堂や修道院等に巡礼に訪れるのだ。そして信者達がそこに寄進を行うことから、教会堂・修道院は一層繁栄していくという訳だ。ということで、自分の所属する修道院に聖遺物があるかどうかは大変重要な事となり、聖遺物を盗んだり、奪ったり、という行為が当たり前のように行われていたらしい。ここコンクでも、なんとか我が修道院の繁栄を、と願ったのか、コンクの修道士が、近隣(といってもコンクからは160kmも離れているのだが)のアジャンより、なんと10年の歳月を要し、聖女フォアの遺骨を「盗み」出すことに成功する。ものの本によれば、「ひそかな移送」と呼ばれるこの行為により、コンクの修道院は聖遺物を手にすることができ、直後よりいくつもの奇蹟を起こした(これも修道士達が聖遺物の霊験を高めるため、言いふらしたような気がしないでもないが)ことから、多くの巡礼者達を引き付けることになる。ちなみにこの聖女フォア、キリスト教を捨てることを拒否し、火刑に処され、12歳で殉教したとある。信者でもない私などは、なんとなく、本当だろうか、と思ってしまうのだが。

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~堂内にある聖女フォアの彫刻~

それはさておき、こうして繁栄の一途を辿るコンクは、信者達の寄進により、ロマネスクの教会堂を建立することになる。11世紀半ばに着工、12世紀初めに今見る事のできる西正面の素晴らしいタンパン彫刻が完成する。

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~堂内中央の丸天井~

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~身廊~

全長56m、中央丸天井高26m、袖廊の幅35m。教会堂の周りに犇くように建っている人家の数、規模からすれば不釣合いな位大規模なこの教会堂のスケールが、当時の人々の心に根ざした信仰心の深さを物語っていると言えよう。最も信者でもない私にとって関心のあるのは建築的、芸術的見地からの教会堂だ。まずここコンクの教会堂がロマネスク芸術を愛する者達にとって特別な存在となっているのが、その見事な西正面のタンパン(正面入口上部の施された、半円形の彫刻装飾のこと)だ。

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~西正面タンパン彫刻~

他の数多くのロマネスク教会のタンパン彫刻と同様、ここでも扱われている主題は「最後の審判」の場面だが、ここコンクのものが最も繊細・精緻であると言われている。実際、間近で見てみると、その存在感は圧倒的で、素朴ながらも繊細な彫刻群が、最後の審判の主題を見事に表現している。中央に君臨するのはイエス・キリスト。右手を挙げ、タンパン左側に描かれる、天国に召される人々を祝福し、下げた左手は、右側を占める、地獄に落ちた人達を指示している。 特に右側の地獄の場面が実にリアルで、人々を苦しめる悪魔達と、責め苦に喘ぐこの世で罪を犯した者達が表情豊かに表現されている。また、この教会堂のタンパンのもう一つの特徴は、当時彩色されていた色が、薄くなっているもの、今でも見てとれることだ。中世の彫刻がロマネスクにしろ、ゴシックにしろ、極彩色に塗りたくられていたことは、アミアン大聖堂をご紹介した際、説明した通りだが、当時の色が今でも残っている彫刻はここコンク位しかない。生憎の雨模様の空の下、晴れていればより鮮明に分かったのだろうが、それでも昔日の彩色の後ははっきりと見て取れた。歳月に洗い流されているからこその淡い色彩が経てきた歴史を感じさせてくれる。

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~中央に君臨するイエス・キリスト~

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~右側の天国に召される人々と聖者達~

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~右と左で天国と地獄が分かれる~

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~地獄で様々な責め苦に逢う罪人達~

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~こちらも地獄絵図の一つ~

実はここコンクに来るのは今回で2回目だ。最初に訪れたのは2002年の春。妻が妊娠し、出産後はしばらく、なかなか遠出の旅行はできないだろう、と安定期の内に、バルセロナまで出掛け帰路に立ち寄ったのだ。村は今と同様変わらず静かな佇まいで、平穏な心地に浸ることができたのを思い出すが、中でも思い出深いのが、泊まったホテルに併設されているレストランの給仕のことだ。

この給仕、歳は既に50歳を優に超えていたと思うのだが、背筋が伸びて実にしゃきっとしており、てきぱきとサービスする姿が実に微笑ましく、食後、楽しい気分で床に就いたのを今でも鮮明に覚えている。あれから9年、もう流石にリタイヤしているだろうな、とは思いつつ、今回も前回泊まったホテルと同じところにした。ちなみに名前はAuberge St.Jaques、さしずめサンチャゴ巡礼路の旅籠と言ったところか。部屋は若干傾いていたりするものの、天井には大きな梁が渡り、趣がある。家族4人で泊まって一泊66ユーロ。田舎は流石に安い。

夜はもしや昔の給仕がまだ働いているかな、とかすかな期待を込めつつ、併設のレストランに行ったが、若い給仕が一人いるのみ、やっぱり既に引退してしまったか、と少しがっかり。ただ、この若い給仕、サービスの度に、「有難う」とか、「召し上がれ」とか、片言の日本語で話しかけてくるのだ。丁度ここにくる少し前、パリでワイン飲み仲間達と飲み会をやった際、「今度、コンクに行くんだ」と言ったところ、誰もどこなのか、ましてや、ここに素晴らしいロマネスクの教会堂があるなんで知らなかった。彼らは全員、在仏数年以上でフランス語の全く問題ない人達ばかりだったので、その人達でさえコンクのことを知らないのだから、日本人の一般観光客がここまで多くやって来るとは思えない。不思議に思いつつも、彼に、「9年程前になるが大変素晴らしいサービスをしてくれた初老の給仕がいたのだが、もう働いていないのだろうか」と聞くと、「きっと○○(名前を言っていたが忘れてしまった)のことだと思いますが、彼は既にリタイヤしました」とのことだった。やはりそうか、と思っていると、彼が、「9年前ですか。でしたらその頃私は日本に滞在していました」と言うのだ。生まれも育ちもここコンク、と言っていたから、その彼がどの程度の期間かは聞きはしなかったが、日本に滞在したことがあるなんて。それで日本語で話しかけてきたのかと納得しつつも、こんな片田舎の一軒宿で、昔サービスしてくれたフランス人との再会を願ってきた私達に、今回サービスをしてくれた人が日本滞在経験があるというのは、なんとなく、不思議な感覚であった。

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~闇夜に照らされる西正面~

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~西正面を見上げる~

DSC04800.jpg~タンパンの彫刻群が生き生きと浮かび上がる~

食後、ライトアップされた教会堂を見に行った。雨が上がり、先程迄立ち込めていた霧が晴れて、夜空にはところどころ星も見えている。物音しない西正面広場に立ち、タンパンを見上げる。昼間とは全く違う存在感で彫刻群はそこにあった。今にも動き出しそうな感覚に襲われ、なんだかお伽の国に来たような気分になった。

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~陽光の下での西正面~

DSC04813.jpg~後部から全体を見る~

DSC04828.jpg~昔日の鮮やかな色彩がよりはっきり浮かび上がる~


翌日はすっかり天気も良くなったので、今一度陽光の下で教会堂を一回り見た後、帰りに近隣のロマネスク教会堂として有名なボーリューとスイヤックに寄って帰った(この地方には素晴らしいロマネスク建築が数多く残っている)。ボーリューの教会堂もタンパンの「最後の審判」を主題する彫刻が有名。コンクのものと見比べると良く分かるが、こちらのイエス・キリストの方が、見る者に畏怖の念を抱かせる、「裁く」神としてのキリストを良く表現しており、コンクの方は、信者を包み込む神のイメージをより良く表現しているように思う。

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~ボーリュー教会堂のタンパン彫刻~

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~中央のイエス・キリスト、コンクのイエスと比べより「裁く」神としてのイメージが伝わる~

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~人の形が伸びて柱を構成する~

スイヤックでは堂内の柱に彫られた彫刻群を見るのが目当てだった。写真をご覧の通り、怪鳥や怪獣が人間と絡み合いながら、咬まれ咬みつかれしながら数珠繋ぎになり、柱を形成している。ロマネスクならではの想像力溢れる彫刻である。

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~人や獣の絡み合う彫刻柱~

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~拡大部分~

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~内陣部の美しいステンドグラス~

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~深い色合いが美しい~

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~スイヤックの古い町並みに時計塔が聳える~

いつもはゴシック建築を見に行く旅を続け、今回もお目当てはアルビでその他はおまけの予定だったのだが、ロマネスクの素朴な美に接すると、なんだか心が洗われるような、爽やかな気分になる。たまには心の洗濯のためにもロマネスクの教会も見に来ないといけないな、と思った。


プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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