サン・カンタン聖堂(ピカルディー地方)
ゴシックの教会堂は、小規模のものも含めて、有名なものは殆ど全て一度は見たことがある、例えまだ訪問したことはなくても、知識として存在は知っている、と思っていたが、今日ご紹介するサン・カンタン聖堂は、その素晴らしさと、そして後程述べるその特異な構成にも拘らず、全く知らなかったゴシック聖堂で、今回たまたま訪れていなかったら、ずっと知らないままだったと思う。

~サン・カンタン聖堂、西正面が未完のまま~

~斜め後ろより眺める~
サン・カンタンの町は、以前ラン大聖堂のところで紹介したが、ピカルディー地方エーヌ県にある町で、人口約56千人の、県庁所在地のランより大きい、同県最大の町だ(にしても、県で一番大きな町が人口10万人以下とは、日本に比べるとはるかに小さいなあ)。

~堂内にあるラビリンス、ちゃんと残っているのは珍しい~
たまたま違う用事でサン・カンタンの近くまで来て、パリに戻る途中道路から横目に町の遠景を眺めると、中心部に大きなゴシック様式の教会堂が聳えている。これは折角だからちょっと覗いて帰ろうと思って寄ってみたのが、サン・カンタン聖堂だった。

~身廊から内陣方向を見る、上昇感のある構成~
町の名前と同じサン・カンタンとは、「聖カンタン」、三世紀にこの地で殉教した聖カンタンに捧げられた聖堂だ。聖遺物を祭るために初代の教会堂の建設が開始されたのが七世紀末、数多くの巡礼者達を迎え入れられるより大規模な聖堂の建設を参事会が決定したのが12世紀末のことだ。以降建設は急ピッチで進められ、13世紀始めには周歩廊の放射状礼拝堂が完成、そして1257年には内陣と第一翼廊が完成する。

~2つの翼廊を持つ~
ここで第一翼廊という聞き慣れない言葉を使ったが、これがこの聖堂の非常にユニークな点で、なんと翼廊が二つ存在するのだ。これはフランスでは大変に珍しく、クリュニー派修道院の、今は存在しないクリュニー第三聖堂、スヴィニュー修道院位にしか同じ様式を見ることができない。前者は有名な、もし現在でも存在していたら、全長187m、天井高33mを誇るロマネスク様式最大の教会堂(ロマネスクのみならず、フランスで最も巨大な教会堂の一つと言っても良いだろう)となっていたのだが、破壊されてほんの一部しか存在しておらず、また、後者は実際にはPrieuréと呼ばれる修道院に従属する小修道院であり、ゴシック様式の大規模な教会堂としては、このサン・カンタン聖堂が、フランスで2翼廊を持つ唯一・最大の教会堂なのだ(但し、イングランドにはカンタベリー大聖堂やリンカーン大聖堂等、同様式のゴシック大聖堂が存在する)。このような建築構造上ユニークな存在のゴシック教会堂を今迄知らなかったとは、まだまだ勉強不足だなと痛感したと共に、まだ知らないゴシックの教会堂でも素晴らしいものがあるのでは、と期待を膨らませることにもなった。

~非常に垂直性の強い堂内~

~34mという天井高よりはるかに高く感じる~

~中央翼廊南側面の彫刻、彩色が残っている~
ちょっと話が横に逸れてしまったので元に戻そう。その後すぐに第二翼廊(中央交差部にある翼廊でこちらが本来の翼廊)の建設が始められるが、百年戦争とペストにより建設は遅れ、完成したのは14世紀終わり、そして外陣身廊が完成するのは15世紀半ばであった。その後、スペインによる占領やフランス革命による「理性」の名の下の破壊・閉鎖により、ついに西正面は完成されることがなかった。今でも非常にお粗末な仮の壁面があるのみで、側廊に対応する部分は、壁面が剥き出しになり、双塔が建てられる計画だったんだろうな、ということが想像できる。とは言うものの、規模としては、全長117m、天井高34.5mと、非常に巨大な聖堂で、サン・カンタンの所属する司教区の司教座聖堂つまり大聖堂はソワソン大聖堂だが、こちらは全長116m、天井高31mと、サン・カンタン聖堂の方が巨大な教会堂となっている。

~中央翼廊、この垂直性が強調された壁面!~

~中央翼廊南側全体~

~アミアン大聖堂と間違いそうな壁面構成~
こうして3世紀の長期間に亘り建設が続けられたものの、全体としては非常に統一感の取れた構造になっている。垂直には他のゴシック大聖堂と同様3層構成になっているが、身廊アーケードは非常に高く、その上には非常に細い(低い)トリフォリウムの層、そして上に続く高窓層も剣のように細長く、垂直性・上昇感の非常に強調された構造になっている。

~内陣周歩廊から内陣上部と第一翼廊を仰ぎ見る~
中央翼廊には薔薇窓は無く上部にランセットがあるのみで、下部壁面には規則正しく垂直の線が伸びており、これがまた堂内の垂直性を強調するのに一役買っている。

~内陣と北第一翼廊~

~こちらは内陣と南第一翼廊~

~フランボワイアン様式の南第一翼廊~

~北第一翼廊~
堂内で最も素晴らしいのは内陣と先程述べた第一翼廊、そして周歩廊の放射状礼拝堂とが創り出す他に例のない空間だ。外陣から内陣に向かって強い垂直性を感じながら進んで行き、中央翼廊でも先程述べたように途切れることなく上昇感を感じながら内陣へ入っていくと、急に第一翼廊により、横方向に視界が開ける。大きな窓が穿たれており、内陣上部の窓からだけではなく、側面からも光が注がれ、一面が浮かび上がるような感覚になる。とは言うものの、中央翼廊よりはるかに幅の狭い第一翼廊は外陣から続く垂直性を減じることなく、視線を内陣最奥部上方へと移させてくれる。そしてそこには、鮮やかな極彩色の光の帯を堂内に落とす、中世の美しいステンドグラスが嵌め込まれている。

~内陣最奥部~

~放射状礼拝堂群、素晴らしい円柱の配列美~

~中央放射状礼拝堂~

~礼拝堂内の13世紀のステンドグラス~
目線を自身の高さに落とし、前方を見ると、こちらでも視線が大きく開ける。内陣の最奥部に通常ある祭壇及びそれを取り囲む壁面が存在しないため、内陣中央部から周歩廊とそのさらに奥の放射状礼拝堂群が一望の下に見渡せるのだ。天へと昇る上昇性と前方に開かれた開放感。内陣は神の領域、そうであるならば、サン・カンタン聖堂内陣ほど、人間の存在を超える尺度・感覚を抱かせてくれる空間は無いのでは、と思わされる。

~内陣~

~内陣高窓~

~北第一翼廊のステンドグラス~

~南第一翼廊と内陣~

~北第一翼廊から内陣上部を見上げる~

~周歩廊から内陣越しに身廊を見る~

~西正面裏側にあるエッサイの樹の浮彫彫刻~

~外観側面、翼廊が2つあるのが良く分かる~

~後陣~

~放射状礼拝堂外部~
外観を見ても、今までご紹介してきた内部構造が良く理解できる。規則正しいフライングバットレスの列が垂直性を一層強調する。今回、本当に偶然に、この素晴らしいサン・カンタン聖堂を訪れることができたわけだが、事前に知らなかっただけに、とても得をしたような気分になった。また、このような発見があることを期待してゴシック建築巡りを続けよう。

~サン・カンタン聖堂、西正面が未完のまま~

~斜め後ろより眺める~
サン・カンタンの町は、以前ラン大聖堂のところで紹介したが、ピカルディー地方エーヌ県にある町で、人口約56千人の、県庁所在地のランより大きい、同県最大の町だ(にしても、県で一番大きな町が人口10万人以下とは、日本に比べるとはるかに小さいなあ)。

~堂内にあるラビリンス、ちゃんと残っているのは珍しい~
たまたま違う用事でサン・カンタンの近くまで来て、パリに戻る途中道路から横目に町の遠景を眺めると、中心部に大きなゴシック様式の教会堂が聳えている。これは折角だからちょっと覗いて帰ろうと思って寄ってみたのが、サン・カンタン聖堂だった。

~身廊から内陣方向を見る、上昇感のある構成~
町の名前と同じサン・カンタンとは、「聖カンタン」、三世紀にこの地で殉教した聖カンタンに捧げられた聖堂だ。聖遺物を祭るために初代の教会堂の建設が開始されたのが七世紀末、数多くの巡礼者達を迎え入れられるより大規模な聖堂の建設を参事会が決定したのが12世紀末のことだ。以降建設は急ピッチで進められ、13世紀始めには周歩廊の放射状礼拝堂が完成、そして1257年には内陣と第一翼廊が完成する。

~2つの翼廊を持つ~
ここで第一翼廊という聞き慣れない言葉を使ったが、これがこの聖堂の非常にユニークな点で、なんと翼廊が二つ存在するのだ。これはフランスでは大変に珍しく、クリュニー派修道院の、今は存在しないクリュニー第三聖堂、スヴィニュー修道院位にしか同じ様式を見ることができない。前者は有名な、もし現在でも存在していたら、全長187m、天井高33mを誇るロマネスク様式最大の教会堂(ロマネスクのみならず、フランスで最も巨大な教会堂の一つと言っても良いだろう)となっていたのだが、破壊されてほんの一部しか存在しておらず、また、後者は実際にはPrieuréと呼ばれる修道院に従属する小修道院であり、ゴシック様式の大規模な教会堂としては、このサン・カンタン聖堂が、フランスで2翼廊を持つ唯一・最大の教会堂なのだ(但し、イングランドにはカンタベリー大聖堂やリンカーン大聖堂等、同様式のゴシック大聖堂が存在する)。このような建築構造上ユニークな存在のゴシック教会堂を今迄知らなかったとは、まだまだ勉強不足だなと痛感したと共に、まだ知らないゴシックの教会堂でも素晴らしいものがあるのでは、と期待を膨らませることにもなった。

~非常に垂直性の強い堂内~

~34mという天井高よりはるかに高く感じる~

~中央翼廊南側面の彫刻、彩色が残っている~
ちょっと話が横に逸れてしまったので元に戻そう。その後すぐに第二翼廊(中央交差部にある翼廊でこちらが本来の翼廊)の建設が始められるが、百年戦争とペストにより建設は遅れ、完成したのは14世紀終わり、そして外陣身廊が完成するのは15世紀半ばであった。その後、スペインによる占領やフランス革命による「理性」の名の下の破壊・閉鎖により、ついに西正面は完成されることがなかった。今でも非常にお粗末な仮の壁面があるのみで、側廊に対応する部分は、壁面が剥き出しになり、双塔が建てられる計画だったんだろうな、ということが想像できる。とは言うものの、規模としては、全長117m、天井高34.5mと、非常に巨大な聖堂で、サン・カンタンの所属する司教区の司教座聖堂つまり大聖堂はソワソン大聖堂だが、こちらは全長116m、天井高31mと、サン・カンタン聖堂の方が巨大な教会堂となっている。

~中央翼廊、この垂直性が強調された壁面!~

~中央翼廊南側全体~

~アミアン大聖堂と間違いそうな壁面構成~
こうして3世紀の長期間に亘り建設が続けられたものの、全体としては非常に統一感の取れた構造になっている。垂直には他のゴシック大聖堂と同様3層構成になっているが、身廊アーケードは非常に高く、その上には非常に細い(低い)トリフォリウムの層、そして上に続く高窓層も剣のように細長く、垂直性・上昇感の非常に強調された構造になっている。

~内陣周歩廊から内陣上部と第一翼廊を仰ぎ見る~
中央翼廊には薔薇窓は無く上部にランセットがあるのみで、下部壁面には規則正しく垂直の線が伸びており、これがまた堂内の垂直性を強調するのに一役買っている。

~内陣と北第一翼廊~

~こちらは内陣と南第一翼廊~

~フランボワイアン様式の南第一翼廊~

~北第一翼廊~
堂内で最も素晴らしいのは内陣と先程述べた第一翼廊、そして周歩廊の放射状礼拝堂とが創り出す他に例のない空間だ。外陣から内陣に向かって強い垂直性を感じながら進んで行き、中央翼廊でも先程述べたように途切れることなく上昇感を感じながら内陣へ入っていくと、急に第一翼廊により、横方向に視界が開ける。大きな窓が穿たれており、内陣上部の窓からだけではなく、側面からも光が注がれ、一面が浮かび上がるような感覚になる。とは言うものの、中央翼廊よりはるかに幅の狭い第一翼廊は外陣から続く垂直性を減じることなく、視線を内陣最奥部上方へと移させてくれる。そしてそこには、鮮やかな極彩色の光の帯を堂内に落とす、中世の美しいステンドグラスが嵌め込まれている。

~内陣最奥部~

~放射状礼拝堂群、素晴らしい円柱の配列美~

~中央放射状礼拝堂~

~礼拝堂内の13世紀のステンドグラス~
目線を自身の高さに落とし、前方を見ると、こちらでも視線が大きく開ける。内陣の最奥部に通常ある祭壇及びそれを取り囲む壁面が存在しないため、内陣中央部から周歩廊とそのさらに奥の放射状礼拝堂群が一望の下に見渡せるのだ。天へと昇る上昇性と前方に開かれた開放感。内陣は神の領域、そうであるならば、サン・カンタン聖堂内陣ほど、人間の存在を超える尺度・感覚を抱かせてくれる空間は無いのでは、と思わされる。

~内陣~

~内陣高窓~

~北第一翼廊のステンドグラス~

~南第一翼廊と内陣~

~北第一翼廊から内陣上部を見上げる~

~周歩廊から内陣越しに身廊を見る~

~西正面裏側にあるエッサイの樹の浮彫彫刻~

~外観側面、翼廊が2つあるのが良く分かる~

~後陣~

~放射状礼拝堂外部~
外観を見ても、今までご紹介してきた内部構造が良く理解できる。規則正しいフライングバットレスの列が垂直性を一層強調する。今回、本当に偶然に、この素晴らしいサン・カンタン聖堂を訪れることができたわけだが、事前に知らなかっただけに、とても得をしたような気分になった。また、このような発見があることを期待してゴシック建築巡りを続けよう。
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