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ポルトガル旅行(3)

旅の3日目。朝パラドールを発ち、一旦少し南にある大きな町カセレス迄下り、そこからリスボンへ向け車を西に走らせる。それにしてもスペインの大地は荒涼として乾いており、どこまでも同じ景色が続く。文学者でスペインに造詣が深い堀田善衛氏が何かの本でカセレスを化石の町と言っていたが、まさしく化石のような風景だ。雲一つ無い真っ青な空に乾いた大地、本当にここはヨーロッパなのだろうかと思ってしまう。200km程も車を走らせただろうか、ようやくポルトガル国境を通過する。リスボン迄はここからさらに250km程。まだまだ道のりは遠い。ポルトガルに入ってから段々周りの景色が変わってくる。どこまでも地平線が続く風景は同じだが、緑が多くなってくる。海に近づいているせいだろうか。

リスボンへは南から入ると町に沿って流れるテージョ川を渡ることになる。もう殆ど海と言っても良い位の河口で、川幅がとにかく長い。町の東と西に大きな橋が1本ずつかかっているのだが、長い方のヴァスコ・ダ・ガマ橋を渡ったが物凄く長い。10km位あるのではないだろうか。瀬戸大橋を渡っている気分だった。そして3日間の長い旅路の末、ようやくリスボンに着いた。パリから2000km弱走ったことになる。最果てまで来たなあ、という感じだ。既に午後3時近くになっているので、ホテルに荷物を置いて早速お目当てのジェロニモス修道院に向かう。

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~長い橋を渡りリスボンに向かう~

ジェロニモス修道院は、ポルトガル独特の建築様式であるマヌエル様式の最高傑作の一つとされており、リスボン西部のベレン地区にあり、ベレンの塔と共にユネスコの世界遺産に登録されている。スペインもポルトガルも色々な名前の建築様式が出てくるので分かり難いが、マヌエル様式とは、15世紀末から16世紀初頭にかけ、ポルトガルを治めた国王マヌエル1世の時代に発展した様式で、当時の海洋王国に相応しい、船体に結び付けられるロープや珊瑚など、海をモチーフにした装飾が非常に豊かに施された建築様式を指す。写真で見る限りは、つい昨日見たイザベル様式の浮彫装飾とも異なるもので、一体どのような建築様式なのだろうと期待を膨らませて修道院の裏手に車を止め、正面に回る。

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~ジェロニモス修道院全景~

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~マヌエル様式の装飾で埋め尽くされた南入口~

なんと立派で大きな修道院だろう。青空を背景に、海風に洗われたように真っ白な壁面が目に眩しい。スペインの建築様式の延長線上に考えていたが大きな間違いだった。手前にある礼拝堂の見事な壁面装飾と、その向こうに連なる旧寄宿棟(今は考古学博物館になっている)の美しいライン。目の前にあるのは、例えランス大聖堂をもってきても引けを取らない洗練された建築物だった。まずは礼拝堂南入口の装飾を眺める。これがマヌエル様式と呼ばれる建築様式の装飾だ。確かに装飾の豊かさではスペインのイザベル様式と同様だが、計算されたように整然とした美しい壁面。過剰装飾などという言葉は微塵も浮かばない。言葉も無く見上げるばかり。これを見るためだけでも2000km車を走らせた甲斐があったなとポルトガルの建築美を眼前に見ることができた喜びがこみ上げている。しばらく見とれた後、いよいよ堂内に入る。

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~狭い西入口を入り、~

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~堂内に進んでいくと~

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~突然視界が開けるように広大な内部空間が現れる~

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~華奢な細い石柱が広大な空間を支える~

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~柱にも施されたマヌエル様式の装飾~

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~小さな窓から差し込む明るい光~

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~ホールを思わせる広大な空間~

狭い西入口を潜り、ヴァスコ・ダ・ガマのお墓を横目に見ながら低い天井を通り抜け、堂内の空間に入る。これはゴシック建築の内部構造の極致だ。天井の高い広大な空間を鉄筋コンクリートのような細い華奢な石柱が支えている。シャルトル大聖堂等の堂内の石柱を見てもらえば分かるが、ゴシックの広大な内部空間を支えるため、初期の大聖堂では石柱はかなり太い。これがランス、アミアンへと発展するにつれ、自重や風圧力をフライングバットレスや大控壁等の外部構造に上手く逃がすことにより、段々と細くなっていき、これが内部空間をより広く見せる視覚効果を生むのだが、アミアン大聖堂の堂内と比較してみても、ジェロニモス修道院内部の軽快な石柱が生み出す効果は圧倒的で、巨大なホールに身を置いているような感覚になる。また、天井高を述べている資料が見つからないので分からないが、恐らく30m程度と、フランスの主要大聖堂と比べてそれ程高い天井では無いと思われる。にも拘らず、この細い石柱の効果によりずっと高いところに天井があるような錯覚に囚われる。セビリャやトレドの大聖堂は、建築技術的にはフランスのゴシック大聖堂の焼き写しに過ぎず、独創性は感じられなかったが、ここの修道院は違う。フランス・ゴシックにも無いような斬新な技術が取り入れられている。これほど見事な、そして洗練されたゴシックの内部空間を私はマヨルカ島のパルマ大聖堂以外には知らない。素晴らしいの一言。どんな言葉もこの構成美を表現するには陳腐なものになってしまう。ただ、一言だけ付け加えるなら、アミアンやランス程大きな窓が壁面に穿たれておらず、壁面自体が自重を支えているのでこのような細い石柱でも大丈夫だったのかも知れない。ただ、堂内に居て左程薄暗い印象を抱かないのは、ポルトガルならではの強い日差しのせいだろう。そのせいで小さな窓からもふんだんに陽光が差し込んでくるのだ。もしこういった効果も踏まえての細い石柱であるとしたら、ポルトガル・ゴシックとでも呼んでも良い位、フランスのゴシックとは異なる独自の、非常に独創的な様式だと思う。設計した建築家は真に天才だと思う(ただこの後、バターリャ修道院でさらにポルトガル・ゴシックの極致を見ることになるのだが)。

まだまだあと何時間でも堂内にゆっくり座ってこの美しい堂内を眺めていたいという気持ちが強かったのだが、慌しい旅の身、後ろ髪を引かれる思いで、北側に隣接する回廊に向かう。

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~洗練の極み、マヌエル様式の回廊~

ここでも私は言葉を失ってしまった。私は今まで、これ程美しい回廊を見たことがない。2層になった正方形の回廊が中庭を取り囲んでいるのだが、至る所にマヌエル様式の装飾が施されている。紋章あり、海草あり、珊瑚あり、実に繊細なのだが、決して重々しくなく洗練され軽やか。ここでも空の青との対比が見事で、まるで海原にでも出ているかのような気分になる。まさに大航海時代をリードした海洋王国に相応しい建築物だ。それもそのはず、マヌエル1世の命を受けて1501年(もしくは1502年)に建設が着工されたこのジェロニモス修道院、建築費用の大部分は、ヴァスコ・ダ・ガマによって「発見」されたインド航路からもたらされる輸入品に懸けられた税金によって賄われ(税金の1/12が本修道院の建築費用に充当された)、まさに、海上交易によりもたされた富で建てられた修道院なのだ。

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~美しく繊細な回廊の装飾~

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~影と光の対比~

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~回廊に陽の光が差し込む~

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~見事な装飾群~

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~2階から見下ろす~


夕闇が降り、ライトアップされた修道院もまた美しかった。

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~陽が沈み辺りが薄らと暗くなり始めると~

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~修道院に照明が当てられ始める~

空が朱から紫に変わっていく中、修道院に薄っすらと明りが灯り浮かび上がる。その光は段々とはっきりとしていき、一刻一刻と暗くなっていく空と対比をなしていく。晴れ渡った夜空に星が輝き出し、目の前では修道院が先程よりも鮮やかに照らし出され時を止める。大航海時代、当然ライトアップなどというものは存在しないが、周りに比べるような大建築物も無い中、月の光を浴びて白く浮かび上がる修道院は、今我々が目にするものよりも遥かに幻想的で、これから旅立つ者を送り出し、また、航海を終えて帰ってくる者を包み込むように迎えていたに違い無い。

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~ライトアップされた修道院全景~

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~修道院を反対側より見る~
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プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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