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バターリャ修道院付属教会堂(ポルトガル旅行(4))

― バターリャ修道院付属教会堂は、恐らく、我々がフランス南部やイタリア、及びイベリア半島において、その継起や併存する諸変遷を検討してきた南方ゴシックの、極致であり最高の詩的表現であろう。―

フランス中世美術史の碩学、アンリ・フォションのバターリャ修道院に関する記述である。簡潔であるが、この一節でバターリャ修道院の素晴らしさを語り尽くしていると思う。これから下に、自分が見たもの、感じたことを書こうと思うが、とても私の拙い表現力では、この他に並ぶもののない、極めて希有な芸術作品の素晴らしさを伝えることができないと思うので、最初にアンリ・フォションの言葉を借りることにしたい。

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~ポルトガル・ゴシックの極致、バターリャ修道院付属教会堂~

リスボンで2日滞在し、少し長距離運転の疲れを取った後、今回の旅行の一番の目的である、バターリャに向かった。リスボンから北に約100km、ポルトガルはそれ程大きな国ではないので、移動も楽だ。途中、ボルダロという野菜や果物を模した食器で有名な陶器メーカーの工場兼売店に寄り、お土産にお皿を数枚購入し、お昼過ぎにバターリャに到着した。

大変小さな田舎町で、近づくにつれ、まずバターリャ修道院付属教会堂が町に不似合いなスケールで遠方から見えてくる。雨風と歴史に洗われたような灰色と黄土色をした西正面が目に入る。一刻も早く見たい気持ちを抑え、まずはホテルにチェックインし、荷物を置いてから修道院に向かう。小さな町なので、ホテルからは歩いて3分の距離だ。修道院を取り囲むように大きな広場があり、どの角度からでも全体を見渡すことができる。まずはそのスケールの大きさに驚かされた。フランスの大規模なゴシック大聖堂と比べても決して引けを取らないだろう。ただ、これは後程説明するが、他の大聖堂には無い様々な建築上の創意工夫が取り入れられていることから、実際よりも大規模な建築物に見えるのだ。

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~西正面~

修道院をじっくり見る前に、ほんの少しバターリャ修道院付属教会堂の歴史についてお話しておきたい。バターリャとはフランス語でbataille、つまり戦闘を意味する。これは、1385年、時のジョアン一世が、今のバターリャ近郊に当たるアルジュバロータの戦いでカスティーリャ軍に勝利し、ポルトガルの独立が確立したことから、これを祝す意味で、この地にバターリャと呼ばれる町を建設したことが名前の由来となっている。勝利の直後、ジョアン一世は、バターリャに自らの勝利に感謝の意を込めて、聖母マリアに捧げる「勝利の聖母マリア修道院」の建設を命じた。1386年から1387年のことだ。フランスではゴシックは爛熟期に入り、フランボワインアン様式が発展していた頃である。内陣後部に未完の礼拝堂が存在していることからも分かる通り、バターリャ修道院は決して完成することがなかったが、建設は16世紀初めまで続けられ、その間、名前が知られているだけで、6名もの建築家が建設に携わっている。結果、当初のプランに都度追加、修正が加わり、フランボワイアン・ゴシックにマヌエル様式が交ざり合った非常に独特な建築様式となった。解説書等を読むと、小尖塔が特徴のイングランド・ゴシックの垂直様式の影響も受けているとされているが、確かに至る所に小尖塔による装飾を見ることができるが、受ける印象はイングランドのゴシック建築とは全く異なることから、個人的には、アンリ・フォションも言うように、バターリャ修道院はあくまで南方ゴシックの変遷の究極の形なのだと思う。

まずは西正面から修道院を眺める。フランスの大聖堂のように両端に尖塔を有していないが、その巨大な量塊に圧倒される。これは南側に隣接する創設者の礼拝堂が西正面の一部を構成していることによる視覚効果からくるもので、実際は、3廊式の、かつ外陣の幅僅か22mと、非常に細い教会堂なのだ。ルーアン大聖堂など、3廊式の内部構造の外に尖塔を置くことにより、横の広がりを持たせている西正面は存在するが、バターリャの教会堂は、西正面の壁面を礼拝堂の壁面と同一とすること、また、身廊から側廊への傾斜の延長線上に礼拝堂の高さを置いていることから、分離したものではない、一つの壁面として見せることに成功しているのだと思う。細かい浮彫装飾はあまり無く、垂直の線が西正面を美しく引き立たせる中、フランボワイアン様式の窓が中央でアクセントを添える。黄土色の壁面が夕陽を浴びると黄金色に輝き、火炎様式の窓の装飾がまさに燃え立つように眼前に迫ってくる。南国の建築物だなあと思うが、かといってスペインの建築のように、感覚に訴えてくるような生々しさ、重々しさは無い。あくまで洗練された軽快さでもって見る者を魅了する。今迄見た他の国のどのゴシック大聖堂とも異なる外観だ。

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~非常に上昇感のある内部空間~

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~側廊から身廊を見上げる~

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~細い身廊と窓がさらなる上昇感を与える~

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~身廊、側廊の幅の狭さが見て取れる~

堂内に入ると、またもや今迄見たことの無い空間に驚かされる。天井がもの凄く高い。高いというのは正確ではなく、実際には32.46m、パリのノートルダム大聖堂と略同じ高さなので、シャルトルやランスなどよりはかなり低い。ただ、身廊、側廊の幅が非常に細い(狭いと言った方が正確だろう)ので、支える石柱の細さとも相俟って、他のゴシック建築には無い上昇感を与える。石柱には余分な装飾がなくすっきりとしており、まるでギリシャ神殿の列柱を見るようだ。ゴシック建築の特徴の一つはその高さで、年を経るごとに大聖堂は高さを競い、ついにボーヴェー大聖堂の48mをもって最高に達したが、その建築技術上の困難さから、後に崩壊し、結局完成を見ることは無く、以降高さの追求は影を潜めるが、バターリャの内部空間を見て、こんな方法で高さを追求することが可能だったのか(つまり、実際には高くしなくても視覚効果によりここまで高く見せる)と、ここでも建築家の斬新な発想に感心させられる。また、ここもジェロニモス修道院同様、あまり窓が大きく無い。しかし南国の明るい日差しはふんだんにステンドグラスを通して堂内に降り注いでいる。時代は新しいものだが、赤、黄、青等の原色のガラスが幾何学模様に嵌め込まれ、床や柱、壁に玉虫色のゆらめく虹彩を映し出す。時の刻みと共にそれは、ゆっくりと場所を移し、赤味がかったり、オパールのような深い緑と青が混ざり合ったような色になったりと、万華鏡のように変幻自在に鮮やかな色彩を落としていく。シャルトル大聖堂の中世のステンドグラスに埋め尽くされた堂内とは全く異なる幻想的な空間に、言葉を失い、時には溶け合い、時には対立する光と影の演出にしばし見とれていた。

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~ステンドグラスの光が石柱に玉虫色の光彩を落とす~

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~鮮やかな色とりどりの影~

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~ステンドグラスと光の反映の対比~

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~足元にも虹彩が揺れる~

西正面を入ってすぐ右側にある、創設者の礼拝堂も、他でも見ることのできない非常にユニークなものだった。ジョアン一世が自身が眠るために設計を命じた礼拝堂で、八角形の形をし、中央に本人と王妃の棺が置かれ、周りを低い交差ヴォールトが掛けられた円形の廊下が取り囲む。至るところにフランボワイアンの繊細な装飾が施され、棺の丁度真上には一段高いところに採光塔があり、そこから入ってくる光で真っ白な壁面が眩しい位明るい印象を受ける。言葉では伝わりにくいと思うが、簡素な身廊と全く趣きが異なるにも拘らず、横にくっつけた、という感じは全く受けず、完全に堂内の一部として一体化している。通常、聖堂の横や後部に取り付けた礼拝堂はいかにも継ぎ足したという印象を受け、全体の統一感からすると、むしろ余分なもののように見えるのだが、この創設者の礼拝堂は、この独特な内部空間に不可欠なものとして存在している。

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~礼拝堂の素晴らしい空間構成~

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~天井を仰ぎ見る~

次に北側にある王の回廊に出る。これも素晴らしい芸術作品だった。当初の計画には無かったが、三人目の建築家であるフェルニヤーオ・ド・エヴォラによって15世紀半ばから後半にかけて建設されたもので、この辺りからマヌエル様式が混じってくる。ゴシックの交差ヴォールトを架した回廊にはマヌエル様式の繊細な装飾が施されており、中庭とを隔てる透かし彫りが回廊に鮮やかな影を落とす。ここでも眩しいまでの陽光を利用した光と影の対比が実に見事だ。また、中庭から見る修道院北側壁面と後陣に聳える尖塔が空の青にくっきりと浮かび、大変美しかった。

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~回廊にマヌエル様式の浮彫の影が落ちる~

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~美しく、清清しい浮彫~

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~浮彫の柱部分~

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~中庭から修道院を見る~

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~中庭から見た修道院全景、垂直の線が鮮やか~

バターリャ修道院の建築の独創性はアプス(後陣)後部に設置された未完成の礼拝堂でクライマックスに達する。

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~未完成の礼拝堂~

ジョアン一世の孫に当たるドゥアルテ一世が、自分が葬られるためのパンテオンとして建設を命じ、二人目の建築家フュゲットが1437年に着工した。彼は未完の礼拝堂以外にも創設者の礼拝堂も設計、修道院にフランボワイアン・ゴシックをもたらした人物だ。出身国は判明していないが、非常に洗練されたフランボワイアンの装飾を見る限り、少なくともフランスで著名なフランボワイアン・ゴシックの建設に携わったか、あるいは身近に見たことのある人物なのではと思う。アプスから同礼拝堂へは直接入れないため、一旦外に出て礼拝堂の北側にある小さな通用門から入るのだが、外観はアプスと礼拝堂は外壁で繋がっているため、一続きとなっており、礼拝堂も本堂の一部を構成しているように見える。これが本堂の長さ80mしかない修道院を100m以上の巨大な建築物に見せる効果を果たしている。また、アプスにも円形の礼拝堂が並んで3つあり、その後部にさらに完成していれば天井の自重を支えるためであったのだろう、控え壁がむき出しに円形に8本聳えている姿が一旦閉じかけたアプスの壁面をさらに延長して天に向かって開放するような効果を与えており、未完成であることが却って独特のアクセントを生んでいる。

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~アプスと未完成の礼拝堂の接続部分~

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~外から見ると一つの連続した建築に見える~

中に入りまず驚かされるのが15mもの高さの入口だ。アプスと入口の間は交差ヴォールトによる天井がかかり、入口の向こうは天井の無い未完の礼拝堂。暗い空間から一転眩しい世界に入る。あたかも天上の世界に足踏み入れるような感覚になる。そして素晴らしいのが、フュゲットの後を継いだ四人目の建築家、マテウス・フェルナンデスの手になる入口の至るところに施されたマヌエル様式の浮彫装飾だ。これ程繊細な装飾はフランスのフランボワイアン様式の聖堂でもお目に掛かることができない。一見フランボワイアン装飾にも見えるが、良く目を凝らすと、ロープや木の葉等をかたどったマヌエル様式の浮彫であることが分かる。

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~広大な入口、天国への門~

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~マヌエル様式の繊細な浮彫装飾~

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~拡大部分~

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~礼拝堂から入口を見る、奥にアプス外壁と、本堂と礼拝堂とを繋ぐ交差ヴォールト天井が見える~

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~複雑な装飾群~

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~拡大部分~

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~ロープ等を模した浮彫が見て取れる~

それにしてもなんと心地良い空間だろう。フランボワイアン様式とマヌエル様式の装飾に取り囲まれ、頭上には青空が広がる。観光客の団体が行き過ぎるとしんと静まり返り、鳥の声だけが聞こえる。まるで楽園にでもいるような感覚にとらわれ、いつまでも去り難く立ち尽くしていた。

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~天へと繋がる空間~

本当に素晴らしいゴシック建築だった。学生時代に初めてゴシックの大聖堂を目にし、それから20年以上に亘ってヨーロッパ各地を旅して回り、主要なゴシック大聖堂は見尽くしたと思っていたし、今迄見たものよりも美しいゴシック建築に出会えることはないだろうと思っていたが、大きな間違いだった。まだまだ自分の知らない美しいものが存在していることを思い知らされた。きっとこれからもゴシック建築を巡る旅の中で、今回のような驚きの発見があるのだろう。

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~夕闇が降り、修道院にライトアップの灯が当たる~

夕陽がバターリャ修道院を染め上げる時間になると、黄土色の壁面が鮮やかな明るい朱色に変わり燃え立つ。そして日が沈み周りに暗闇が訪れ始めるとライトアップの照明が当てられ、再び修道院が浮かび上がる。修道院前の大きな広場には数人の大人達が子供を連れてやって来、一時を過ごしている。子供達は自転車に乗ったり、走り回ったりして遊んでおり、楽しそうな声が遠くに聞こえる。なんだか自分の子供の頃を思い出してしまった。日本では、今では昔のような空き地や遊び場も少なくなり、また子供は夕闇が降りる頃には塾に行くか家に居るかで、外で遊び回ることなんてないのだろう。物質的には豊かになっても、こんな風に、夕方、親が見ているところで子供が楽しく遊ぶ、なんて言う光景は見ることが出来なくなってしまったのではないか。ヨーロッパの最果てで、ライトアップされた修道院を見上げながら、本当の豊かな人生って何だろう、と改めて考えていた。

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~広場では静寂の中に子供の声が聞こえる~

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~ライトアップされた西正面~

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~北側から西正面を見る~

ライトアップされたバターリャ修道院は昼間とは全く異なる美しい姿を見せてくれた。黄土色の石材を使っているからだろう、オレンジ色の照明が当てられると、自ら光を発するように黄金色に輝き始める。黄金郷の神殿のようだ。ジョアン一世の弟であり、大航海時代におけるポルトガルの盛隆の礎を築いたエンリケ航海王子がここに眠っているからだろうか、なんだか、新大陸で発見した古代の黄金文明の遺跡を見ているような感覚になった。

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~アプスと未完成の礼拝堂~

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~ライトアップされた修道院後部、黄金色の塔が浮かび上がるよう~

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~修道院全景~

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プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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