スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

コンク修道院教会堂とフランス南西部のロマネスク彫刻

雨脚が強くなってきたロデズを後にし、コンクを目指す。この辺り一帯はマッシフ・サントラル(Massif central、中央山塊)と呼ばれる、山地や台地からなる地域の一部で、細い山道をくねくねと曲がりながら目的地へ目指す。距離的には40km程に過ぎないが、到着迄1時間以上掛かってしまった。隠遁地と呼ぶに相応しい山奥に、コンクの村が見えてくる。人口僅か3百名弱。本当に小さな村だ。それでも中世には聖地サンチャゴ・デ・コンポステーラへの巡礼路にある一大巡礼地として栄えていたのだから、昔の人達の信仰心には驚かされる。車でさえ来るのが大変なこんな僻地に歩いて巡礼に来るのであるから。

DSC04733.jpg~霧の中にコンクの村が見えてくる~

DSC04734.jpg
~真ん中に見えるのが修道院教会堂の尖塔~

ここでの目的は3世紀に殉教した聖女フォアに捧げられたロマネスク教会堂を見ることだが、その前に簡単に村の歴史についてお話しておきたい。

DSC04781.jpg
~西正面~

DSC04760.jpg~南側面~

この地に修道院が設立されたのが5世紀というから大層古い歴史を持つ村ということになる。9世紀以降ベネディクト会修道院として栄えるが、アキテーヌ王ペパン2世が下流の町フィジャックを“新コンク”として庇護したことから、山奥の“本家”コンクの方は寂れてしまう。一方、当時、巡礼者達を引き付けるものは何かというと、聖人の遺骨や身に纏っていた物等の「聖遺物」。これを一目見てご利益を授かろうと、信者達はこぞって聖遺物を所有する教会堂や修道院等に巡礼に訪れるのだ。そして信者達がそこに寄進を行うことから、教会堂・修道院は一層繁栄していくという訳だ。ということで、自分の所属する修道院に聖遺物があるかどうかは大変重要な事となり、聖遺物を盗んだり、奪ったり、という行為が当たり前のように行われていたらしい。ここコンクでも、なんとか我が修道院の繁栄を、と願ったのか、コンクの修道士が、近隣(といってもコンクからは160kmも離れているのだが)のアジャンより、なんと10年の歳月を要し、聖女フォアの遺骨を「盗み」出すことに成功する。ものの本によれば、「ひそかな移送」と呼ばれるこの行為により、コンクの修道院は聖遺物を手にすることができ、直後よりいくつもの奇蹟を起こした(これも修道士達が聖遺物の霊験を高めるため、言いふらしたような気がしないでもないが)ことから、多くの巡礼者達を引き付けることになる。ちなみにこの聖女フォア、キリスト教を捨てることを拒否し、火刑に処され、12歳で殉教したとある。信者でもない私などは、なんとなく、本当だろうか、と思ってしまうのだが。

DSC04757.jpg
~堂内にある聖女フォアの彫刻~

それはさておき、こうして繁栄の一途を辿るコンクは、信者達の寄進により、ロマネスクの教会堂を建立することになる。11世紀半ばに着工、12世紀初めに今見る事のできる西正面の素晴らしいタンパン彫刻が完成する。

DSC04735.jpg
~堂内中央の丸天井~

DSC04749.jpg
~身廊~

全長56m、中央丸天井高26m、袖廊の幅35m。教会堂の周りに犇くように建っている人家の数、規模からすれば不釣合いな位大規模なこの教会堂のスケールが、当時の人々の心に根ざした信仰心の深さを物語っていると言えよう。最も信者でもない私にとって関心のあるのは建築的、芸術的見地からの教会堂だ。まずここコンクの教会堂がロマネスク芸術を愛する者達にとって特別な存在となっているのが、その見事な西正面のタンパン(正面入口上部の施された、半円形の彫刻装飾のこと)だ。

DSC04767.jpg
~西正面タンパン彫刻~

他の数多くのロマネスク教会のタンパン彫刻と同様、ここでも扱われている主題は「最後の審判」の場面だが、ここコンクのものが最も繊細・精緻であると言われている。実際、間近で見てみると、その存在感は圧倒的で、素朴ながらも繊細な彫刻群が、最後の審判の主題を見事に表現している。中央に君臨するのはイエス・キリスト。右手を挙げ、タンパン左側に描かれる、天国に召される人々を祝福し、下げた左手は、右側を占める、地獄に落ちた人達を指示している。 特に右側の地獄の場面が実にリアルで、人々を苦しめる悪魔達と、責め苦に喘ぐこの世で罪を犯した者達が表情豊かに表現されている。また、この教会堂のタンパンのもう一つの特徴は、当時彩色されていた色が、薄くなっているもの、今でも見てとれることだ。中世の彫刻がロマネスクにしろ、ゴシックにしろ、極彩色に塗りたくられていたことは、アミアン大聖堂をご紹介した際、説明した通りだが、当時の色が今でも残っている彫刻はここコンク位しかない。生憎の雨模様の空の下、晴れていればより鮮明に分かったのだろうが、それでも昔日の彩色の後ははっきりと見て取れた。歳月に洗い流されているからこその淡い色彩が経てきた歴史を感じさせてくれる。

DSC04768.jpg
~中央に君臨するイエス・キリスト~

DSC04770.jpg
~右側の天国に召される人々と聖者達~

DSC04769.jpg
~右と左で天国と地獄が分かれる~

DSC04763.jpg
~地獄で様々な責め苦に逢う罪人達~

DSC04764.jpg
~こちらも地獄絵図の一つ~

実はここコンクに来るのは今回で2回目だ。最初に訪れたのは2002年の春。妻が妊娠し、出産後はしばらく、なかなか遠出の旅行はできないだろう、と安定期の内に、バルセロナまで出掛け帰路に立ち寄ったのだ。村は今と同様変わらず静かな佇まいで、平穏な心地に浸ることができたのを思い出すが、中でも思い出深いのが、泊まったホテルに併設されているレストランの給仕のことだ。

この給仕、歳は既に50歳を優に超えていたと思うのだが、背筋が伸びて実にしゃきっとしており、てきぱきとサービスする姿が実に微笑ましく、食後、楽しい気分で床に就いたのを今でも鮮明に覚えている。あれから9年、もう流石にリタイヤしているだろうな、とは思いつつ、今回も前回泊まったホテルと同じところにした。ちなみに名前はAuberge St.Jaques、さしずめサンチャゴ巡礼路の旅籠と言ったところか。部屋は若干傾いていたりするものの、天井には大きな梁が渡り、趣がある。家族4人で泊まって一泊66ユーロ。田舎は流石に安い。

夜はもしや昔の給仕がまだ働いているかな、とかすかな期待を込めつつ、併設のレストランに行ったが、若い給仕が一人いるのみ、やっぱり既に引退してしまったか、と少しがっかり。ただ、この若い給仕、サービスの度に、「有難う」とか、「召し上がれ」とか、片言の日本語で話しかけてくるのだ。丁度ここにくる少し前、パリでワイン飲み仲間達と飲み会をやった際、「今度、コンクに行くんだ」と言ったところ、誰もどこなのか、ましてや、ここに素晴らしいロマネスクの教会堂があるなんで知らなかった。彼らは全員、在仏数年以上でフランス語の全く問題ない人達ばかりだったので、その人達でさえコンクのことを知らないのだから、日本人の一般観光客がここまで多くやって来るとは思えない。不思議に思いつつも、彼に、「9年程前になるが大変素晴らしいサービスをしてくれた初老の給仕がいたのだが、もう働いていないのだろうか」と聞くと、「きっと○○(名前を言っていたが忘れてしまった)のことだと思いますが、彼は既にリタイヤしました」とのことだった。やはりそうか、と思っていると、彼が、「9年前ですか。でしたらその頃私は日本に滞在していました」と言うのだ。生まれも育ちもここコンク、と言っていたから、その彼がどの程度の期間かは聞きはしなかったが、日本に滞在したことがあるなんて。それで日本語で話しかけてきたのかと納得しつつも、こんな片田舎の一軒宿で、昔サービスしてくれたフランス人との再会を願ってきた私達に、今回サービスをしてくれた人が日本滞在経験があるというのは、なんとなく、不思議な感覚であった。

DSC04793.jpg
~闇夜に照らされる西正面~

DSC04798.jpg
~西正面を見上げる~

DSC04800.jpg~タンパンの彫刻群が生き生きと浮かび上がる~

食後、ライトアップされた教会堂を見に行った。雨が上がり、先程迄立ち込めていた霧が晴れて、夜空にはところどころ星も見えている。物音しない西正面広場に立ち、タンパンを見上げる。昼間とは全く違う存在感で彫刻群はそこにあった。今にも動き出しそうな感覚に襲われ、なんだかお伽の国に来たような気分になった。

DSC04838.jpg
~陽光の下での西正面~

DSC04813.jpg~後部から全体を見る~

DSC04828.jpg~昔日の鮮やかな色彩がよりはっきり浮かび上がる~


翌日はすっかり天気も良くなったので、今一度陽光の下で教会堂を一回り見た後、帰りに近隣のロマネスク教会堂として有名なボーリューとスイヤックに寄って帰った(この地方には素晴らしいロマネスク建築が数多く残っている)。ボーリューの教会堂もタンパンの「最後の審判」を主題する彫刻が有名。コンクのものと見比べると良く分かるが、こちらのイエス・キリストの方が、見る者に畏怖の念を抱かせる、「裁く」神としてのキリストを良く表現しており、コンクの方は、信者を包み込む神のイメージをより良く表現しているように思う。

DSC04844.jpg
~ボーリュー教会堂のタンパン彫刻~

DSC04849.jpg
~中央のイエス・キリスト、コンクのイエスと比べより「裁く」神としてのイメージが伝わる~

DSC04860.jpg
~人の形が伸びて柱を構成する~

スイヤックでは堂内の柱に彫られた彫刻群を見るのが目当てだった。写真をご覧の通り、怪鳥や怪獣が人間と絡み合いながら、咬まれ咬みつかれしながら数珠繋ぎになり、柱を形成している。ロマネスクならではの想像力溢れる彫刻である。

DSC04872.jpg
~人や獣の絡み合う彫刻柱~

DSC04875.jpg
~拡大部分~

DSC04898.jpg
~内陣部の美しいステンドグラス~

DSC04908.jpg
~深い色合いが美しい~

DSC04917.jpg
~スイヤックの古い町並みに時計塔が聳える~

いつもはゴシック建築を見に行く旅を続け、今回もお目当てはアルビでその他はおまけの予定だったのだが、ロマネスクの素朴な美に接すると、なんだか心が洗われるような、爽やかな気分になる。たまには心の洗濯のためにもロマネスクの教会も見に来ないといけないな、と思った。


スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。