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ランス大聖堂(800周年記念行事)

1211年5月6日、ランス。当時の司教アルベリック・ド・アンベール立会いの下、丁度1年前の同じ日に火災で消失した大聖堂を、全く異なる新しい建築様式で建立するための礎石が置かれた。それから800年後の2011年5月6日、ランス大聖堂生誕800周年のオープニングセレモニーが華々しく開催された。記念行事へ向け、遅々として進まなかった西正面の改修工事も終わり、久しぶりに覆いのかかっていない姿を眺められること、また、記念行事の一環として”Rêve de couleurs(色彩の夢)”と称する光のスペクタクルが西正面を舞台に行われるとあって、早速7日にランスに行ってみた。

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~大聖堂西正面全景~

ランスの町はパリの東北東約130kmに位置する、シャンパーニュ地方最大の都市で、人口約20万人を有する。フランスではこれ程の規模の都市だと必ず県庁所在地となるはず(前回ご紹介したランも県庁所在地だが、人口は3万人に満たない)だが、ランスは県庁所在地ではない。これは、フランス大革命により民主主義が定着したフランスにおいて王制の伝統を残すこの地が県庁所在地として相応しくないとされたためらしいが、何故かは以降お読み頂ければと思う。また、地方の名の通り、発泡酒シャンパーニュ(シャンパン、シャンペンと言ってもフランスでは通じない)の生産地であり、ここランスは一大醸造地として数多くのシャンパーニュメーカーが犇いている。日本人にとってはシャンパーニュというと高いというイメージがあるが、現地では2千円を切る値段でも結構美味しいものが沢山ある。そして大聖堂を始めとする数々の文化遺産もあり、季節に関わりなく、多くの観光客が訪れる町だ。

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~西日を浴びる大聖堂、真ん中下にある馬に乗った銅像はジャンヌ・ダルク~

ランス大聖堂の話をする前に簡単に町の歴史についてお話しておきたい。フランスがまだガリアと呼ばれていた時代に、既にこの地に人が定住していたというから、フランスの歴史と共にランスの歴史もあると言える。その後、ローマの支配下となり、5世紀終わりにはフランク族のクロヴィス1世がフランク王国を建国、クロヴィス1世死後、4人の息子に分割された王国の内、北東部(フランス東部、ドイツ西部、ベネルクス3国を含む広大な領土であった)のアウストラシア分王国の時代には、現在のロレーヌにあるメッツの町と共に2大都市に数えられていたというから、相当重要な町であったことが分かる。何故、ランスの町が当時よりそれほど栄えていたのか。それは、この町がキリスト教と王制の両方の観点から、大変重要な町となったからである。

初代国王のクロヴィス1世は征服した領土で、ロー支配下の時代より既に根付いてたキリスト教徒からの支持を得るため、また、キリスト教徒であった妻の勧めもあり、496年に、当時のランスの司教聖レミより、キリスト教の聖別を受けることになる。以降、ランスは歴代のフランス王が聖別を受ける地となり、 1825年のシャルル10世迄計33名の王の聖別がここランスで行われた。ちなみに32人目の王はルイ16世、フランス革命でマリー・アントワネットと共にギロチン刑に処された王だ。また、ジャンヌ・ダルクが百年戦争の最中、オルレアンを英国軍から解放し、王太子をランスへ連れて行き、聖別を受けさせて、正式なフランス王シャルル7世として戴冠させたことでも有名で、大聖堂の前には青銅のジャンヌ・ダルクの像が勇ましく立っている。

少し話は逸れるが、クロヴィス1世が葬られたのはゴシック発祥の地サンドニ。以降サンドニは、歴代の王が眠る地となり、フランスの王はランスで戴冠し、サンドニで永久の眠りに就くことになる。ゴシック建築史上非常に重要なこの二つの地がフランス王制を通じ結びついているというのは面白い偶然だろう。と言うわけで、ランスはフランス王制の歴史に深く関わっており、これがこれ程大規模な都市であるにも係らず県庁所在地でないことの理由となっているらしい。

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~西正面を仰ぎ見る~

前置きが随分長くなってしまったが、ランス大聖堂は前述のように、フランスの歴史にとって大変重要な役割を演じてきた大聖堂であり、中世の時代、各司教座都市で、競ってゴシック様式の新しい大聖堂が建立される中、当然ここランスでも、その役割に相応しい立派な大聖堂を建てねばと当時の司教が思ったとしても不思議ではない。そして、冒頭の通り、アンベール司教の下、ゴシック大聖堂の中でも最も華麗と言われるランス大聖堂が建設されることになる。ただ、この司教、ゴシックの大聖堂を建立したいがために、当時あった旧大聖堂を燃やしてしまったということで後に責められることになる。ゴシック建築発祥となったサンドニ大聖堂を建立したシュジェールが自身の姿をステンドグラスに残したことといい、聖職者というのは東西、今昔を問わず、名誉欲の強い人が多いらしい。一番持っていてはいけない人達なのだが。

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~シャルトル等初期のゴシック建築と比べ遥かに軽快なフライングバットレス~

ともあれ、この司教のおかげ(?)でランス大聖堂が建設されることになる。シャルトル大聖堂の建設開始から17年後、より洗練された様式が随所に採用され、建設は進んでいく。4人の建築家が携わり、1275年には大聖堂の大部分が完成する。シャルトル、そしてランスの後に着工されたアミアン大聖堂と共に、3大古典ゴシックと呼ばれるが、初期のゴシック大聖堂やシャルトルと比べても、その洗練度合いは明らかで、比べてみるとゴシックの発展過程が良く分かる。まずその巨大さ。天井高38mと、シャルトルの36.55mよりさらに高くなる一方、身廊の幅はシャルトルの16.4mに対し、14.65mと細くなり、垂直性が一層引き立つようになる。また、全長も138.7mと、シャルトルの130mよりかなり長い。

建築構造自体もより洗練さを増してくる。外部のフライングバットレスもシャルトルの重々しいバットレスと比べ華奢で軽快だ。逆に言えば、天井がより高く、巨大になっているにも拘らず、より軽量なバットレスで大聖堂を支えることができているわけだから、それだけ技術が進歩してきていることを意味する。

そして、西正面の構成はさらに洗練されてくる。一番の特徴は内部構造が外部より見て取れること。真ん中には身廊のスケールが、中央の薔薇窓とその上にある三日月型の尖頭ガラス窓で表され、側廊も正面両端の入口及びその上にタンパンの代わりに嵌め込まれたステンドグラスの壁面がそのまま内部の形を映し出している。また、薔薇窓の両横は透かし彫りになっており、この高さには内部構造が存在しないことが分かると共に向こうに軽快なフライングバットレスを見ることができる。入口上部には過剰なまでの華麗な彫刻が切妻の中に嵌め込まれ、上層部の歴代の王のギャラリーと共に絢爛豪華な西正面を飾る。南北の塔もシンメトリーの美を見せ、アミアンやブールジュの西正面のような混乱はここには微塵もない。これこそ完成されたゴシック大聖堂の西正面だ、思わされる。実際、19世紀の建築家・修復家のヴィオレ・ル・デュックはランス大聖堂を下敷きとして、西正面、南北それぞれに2基、そして中央の1基の計7基の尖塔を有する「理想の大聖堂」を描いている。個人的な好みの問題はあり、そして私はランスの大聖堂に特別魅かれるわけではないが、フランスのゴシック大聖堂の中では、垂直性を重視しつつも抑制と調和が取れた、究極の形なんだと思う。

また、非常に数多くの彫刻で外部が満たされており、なんと2000体以上もの彫刻が飾られている。そして、最も有名なのが、「ランスの微笑」と呼ばれる、西正面の微笑みを湛えた天使の彫像だ。ただ、これは芸術作品として優れているから有名というよりは、当時、殆ど無表情だったり、黙想しているような面持ちだったりする宗教建築の彫像に微笑みという表情を与えたことにより、従来の彫像とは異なる評価を受けたものと思われる。従来の聖人像とは異なる、人間らしい温和な表情が、そこにはある。

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~ランスの微笑、西正面には2つの「ランスの微笑」の彫像があり、よく写真で見るのはもう一方の方(今回は逆光できちんと撮れなかった)~

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~北入口の彫刻、真ん中が聖ドニ、首が斬首されている~

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~中心部から西側を見る~

内部は外陣が非常に明るく、内陣がとても暗い。これは外陣の窓には磨りガラスが嵌め込まれているからだが、元々は内陣のように中世の美しいステンドグラスが嵌め込まれていたらしいのだが、大革命以降の宗教建築に対する蛮行と第一次世界大戦の災禍のため、殆ど全て消失してしまったためだ。中世の頃はきっとシャルトル大聖堂の堂内のように薄暗く神秘的な雰囲気だったのだろう。

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~側廊から身廊天井を見上げる、下部は非常に明るい~

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~内陣上部のステンドグラス~

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~周歩廊礼拝堂のステンドグラス~

それでも内陣に数少なく残る中世のステンドグラスで、当時の面影を楽しむことができる。深い色合いだが、シャルトルのように赤と青を基調としたものではなく、より多くの色彩をふんだんに使い、華やかな印象を受ける。また、西正面と南北翼廊の薔薇窓も大変素晴らしい。

DSC05182.jpg~シャガールのステンドグラス~

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~右端のステンドグラス~

そして最も印象的なのは、内陣周歩廊の一番奥の礼拝堂に嵌め込まれたシャガールのステンドグラス。青を背景にオパールのような深く繊細な赤や緑の色彩が主題を形作る。シャルトルなどに嵌め込まれた中世の一級品のステンドグラスと比べても何ら遜色の無い素晴らしい作品だ。思わず時間を忘れじっと眺めていた。久しぶりにランス大聖堂を訪れたが、自分の記憶の中であった印象よりはるかに美しく、素晴らしいものであった。ただ一つ残念なのは、後部がまだ修復工事のため大きな覆いが被さっており素晴らしい後陣を眺められないことだ。一日も早く完了して欲しい。

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~西正面の大小薔薇窓~

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~北翼廊と薔薇窓~

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~南翼廊薔薇窓~

さて今回は、800周年とあって、夜のみならず昼も面白いスペクタクルがあった。重さ4トンもある巨大なクモが町中を歩き回るというのだ。機械仕掛けで(勿論クモだけがロボットのように動くわけではなく、全体は基部に取り付けられた車により移動し、その上でクモがさも歩いているかのように足を動かすのだ)本物のクモのように長い足を動かし、糸を口からお尻から吐き出しながら進む様は結構圧巻で、大聖堂のライトアップだけでは子供はいつもの如く退屈してしまうだろうと、子供に見せようと思っていたのだが、私の方が楽しんで見入ってしまった。ちなみにこのクモ、最初に出現したのは2009年の横浜だそうだ。日本の会社が設計したのだろうか。

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~巨大グモ(クモニという名前だそうだ)~

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~クモが大聖堂前を横切る~

そして夕食を済ませ、いよいよライトアップを見に行く。これは正直、今迄見たどの大聖堂の光のスペクタクルよりも素晴らしかった。20分程続く幻想のショーは以下のような順序で繰り広げられる―

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~通常のライトアップ、これはこれで綺麗~

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~ショーの始まり~

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~絵のように見えるが西正面に映し出されたライトアップ~

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~絵ではありません、ライトアップです~

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~中世の極彩色の西正面が映し出される~

最初に中世当時の極彩色で彩られた(のように見えるライトアップがなされた)西正面が浮かび上がる。その後、真っ暗となった西正面に白い線が引かれていく。これが設計図だったのだと、次に木の骨組みが大聖堂の内部構造に重なるように浮かび上がって初めて分かる。次いで、石工職人達が、彫刻を運んできて、今ある西正面のそれぞれの位置に備え付ける。その後は内陣と薔薇窓が浮かび上がったり、歴史の1コマなのだろうか、人々が中央から端へと行進しては消えって言ったりしてまさしく大聖堂の800年の歴史を振り返っているよう。クライマックスでは迫力のある音楽と共に、秒刻みで西正面の色彩が変わっていく。そして最後にかの有名なランスの微笑の彫刻が大きく映し出され、ショーは終幕となる。

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~設計図が描かれ、~

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~木組みが組まれていく~

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~職人達が彫刻を備え付ける~

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~場面は暗転し、~

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~再び極彩色の正面に~

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~拡大部分~

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~内陣が映し出される~

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~そして、音と光の目まぐるしいショーが繰り広げられる~

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~その(2)

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~その(3)~

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~その(4)~

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~その(5)~

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~その(6)~

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~その(7)~

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~その(8)~

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~極彩色の西正面を見上げる、繰り返しになりますが、絵ではありません~

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~中央入口の彫刻群~

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~中央入口と左入口~

2日目とあって大聖堂前の広場は立錐の余地も無い人集りで、よく見える場所から見えなかったが、それでも十分にこの素晴らしいショーを満喫することができた。10月までやっているので、もう少し空いた頃に改めて見に来ようと思った。

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~3回目のショーでようやく全景を見ることが出来た~

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~絵ではありません~


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No title

クータンスさま、お久しぶりです。
今回のランス大聖堂の写真も美しかったです!正面からの写真を見ると、やはりこの大聖堂は相当な規模のものだな…と改めて思います。
ランスのスペクタクル、あんなに壮大だったなんて…。設計図をライトアップするなんて普通は考えつかないと思うのですが、さすがですね。そして、アミアン同様ライトアップの精巧な事!フランスの技術力には本当に舌を巻きます。
ランスは昨年3回目のフランス旅行へ行った際に訪れましたが(しかもこれが2回目)、こちらの記事を見てまた行きたくなりました…!次は宿泊しなければ。
ランスと言えば、シャンパーニュも楽しみの一つですよね。次の機会には1日2日かけて楽しみたい町ですね。
これからも更新を楽しみにしています!

Re: No title

せあらん様、
こちらこそ、大変ご無沙汰しております。コメント頂き、有難うございます。ランス大聖堂のライトアップ、本当に素晴らしかったです。これは800周年行事が終わっても、アミアン大聖堂のように、例年やって欲しいと思いますね。こちらは段々日が長く、晴れの日も多くなってきましたので、これから夏にかけて他の大聖堂も色々訪ねてみようと思ってます。また、お暇な時にでもご覧頂ければ幸いです。

No title

初めまして。
千葉県でステンドグラス教室をやっているものです。
ステンドグラスの歴史を調べていたらこちらのブログに着きました。
読ませていただくととても詳しく解説されておりとても参考になります。
私はまだヨーロッパへ行った事がありません。いつかはシャルトル大聖堂へ足を運びたいと思っています。
これだけの内容ですから本でも出されたらと思ってしまいます。
少しずつ読ませて頂きたいと思います。
頑張ってください。

Re: No title

ジュン様
コメント頂き、どうも有難うございます。また、プロの方から素人の拙いブログに過分なお言葉を頂き、大変嬉しく思います。ゴシック建築に魅せられた理由の半分はステンドグラスの美しさに惹かれたからで、中世の深い色合いのステンドグラスを前にする度に心から感動させられます。ご存知かとは思いますが、大聖堂としてはそれ程大規模ではなくても、中に素晴らしいステンドグラスが嵌め込まれているところが沢山ありますので、これからも色々ご紹介していきたいと思います。またお暇な時にでもご覧頂ければ幸いです。
プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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