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メッツ大聖堂

メッツ大聖堂はあまり知られてはいないが、アルザス・ロレーヌ地方で、ストラスブール大聖堂と並ぶ、最も美しいゴシック大聖堂の一つだ。

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~メッツの町中に聳えるメッツ大聖堂~

メッツは、パリから東北東に約330kmのところにある、ロレーヌ地域圏の首府かつモゼル県の県庁所在地で、近郊を含めると人口40万人を越す、フランスでも有数の都市だ。歴史は紀元前に迄遡る由緒ある町で、中世には自由都市として栄え、当時、人口はなんと3万人にも及んだという(アミアンでさえ1万人だった)。開かれる市場には近隣諸国からも数多くの人々が訪れ、使われる通貨は欧州全域で受け入れられていたそうだ。現在でもなお、観光都市として数多くの人々を惹きつけている。メッツは町を挙げて観光客誘致に取り組み、夜になると町中がライトアップの光に包まれる。2007年には国から光の町としてグランプリを授与されている。ちなみに、町の名前は、フランス語発音では「メス」と読むことになっているが、フランス人と話していても「メッツ」と言っている人が多いような気がするので、以下メッツと書く。ちなみにメッツはドイツ語発音。この地が歴史に弄ばれ、ドイツ領になったりフランス領になったりしたことを反映しているようだ。

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~モーゼル川から眺める旧市街とメッツ大聖堂~

メッツの町は、大聖堂を抜きにしても大好きな町の一つで、何度も訪れている。モーゼル川(あのドイツのモーゼルワインのモーゼルだ、ここメッツにも流れてきている)が町の中心を流れ、左岸に緩やかな傾斜に沿って展開する旧市街を河岸から仰ぎ見る様は例えようもなく美しい。歴史的背景から、フランス風にドイツ風の家並が混在し、エキゾチックな雰囲気を醸し出している。メッツ大聖堂は旧市街を睥睨するように、左岸の斜面上部に鎮座している。

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~メッツ大聖堂外観~

写真で見てもらえばお分かりのように、メッツ大聖堂は非常に変わった外観をしている。まず目に留まるのが、全体が大変細長く、西正面に通常ある塔が存在しない、ということだ。塔は北塔、南塔共、西正面の少し後方にあり、南塔の下に大聖堂への入口がある(西正面入口からは堂内に入れない)。横から見ると、尖塔の前方にもう少し大聖堂を継ぎ足したようで、西正面の無い、未完成の大聖堂であるかのように見える。また、通常の大聖堂のように白っぽい色ではなく、黄土色をしている。これは、「ジョーモン石(ジョーモンはJaumontと書き、"黄色(jaune)の山(mont)"を意味するラテン語を語源とする)」と呼ばれる、酸化鉄を含む、この地方の建築物に良く用いられる石材を使用しているためだ。

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~仰ぎ見るような高さを誇る~

そして、高さと窓の多さ。天井高は何と41.7m、これはシャルトル、ランスよりはるかに高く、ボーヴェー、アミアンに次いでフランスで3番目の高さだ。かつ、身廊の幅が僅か15.6mと非常に狭く、どしっと構えているというよりは、非常に大きな壁がそそり立っているような感覚を見る者に与える。この印象はモーゼル川を挟んで対岸から仰ぎ見たとき、より一層強くなる。周りを取り囲む家々がまるで小人の住居のように見える。また、壁面に穿たれた窓の多さは外観からでも容易に分かる。翼廊などは壁面全てが窓と化している。なにしろ、嵌め込まれたステンドグラスの総面積は約6,500㎡、ダントツでゴシック大聖堂中一番であるばかりでなく、床面積3,500㎡の2倍近くにも達している。

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~巨大なフライングバットレス~

フライングバットレスの巨大さも特筆に値する。これは建築構造上必然的なもので、身廊の高さに比べ、側廊の高さが非常に低く、側廊の外壁及びこれに付随する控え壁により、身廊の自重を十分に支えることができないため、巨大なバットレスが必要とされているのである。その量塊は圧倒的で、下から見上げると、パリ大聖堂の繊細・華麗なバットレスから受ける印象などとは程遠く、天にも届かんばかりの巨大なバットレスがそこに聳え立っている。このような形態となった理由は、大聖堂建設の経緯を少し調べれは良く分かる。ゴシック様式で現在の大聖堂を建設し始めた当初、内陣と翼廊部分について、既に存在していた、より規模の小さい旧教会堂の土台部分の壁を第一アーケートの部分迄利用して、その上にゴシック様式で継ぎ足していったのだが、建築開始が1220年、シャルトル、ランスより後の着工で、ゴシック様式がフランス全土に浸透してきた頃、「より高い大聖堂を」ということになったのだが、土台となった旧教会堂がそれほど大きなものではなかったため、これをベースとしている床面積に対し異様に高い、寸詰まりのような大聖堂が出来上がったというわけだ。

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~変わった西正面~

次に一風変わった西正面についても少しご紹介しておく。写真でお分かりの通り、他のゴシック大聖堂西正面とは異なり、均衡を欠いた大きな窓が中央に穿たれており、その下に彫刻の施された扉口(先程説明した通り、ここからは堂内に入れない)が一つあるだけだ。そして左側(北)にのみ巨大なバットレスが見える。実はこの西正面、中世のものではなく、19世紀終わりから20世紀始めにかけて改築された3代目のものだ。初代の西正面は本などを調べても記述が無く、どのようなものか分からないのだが、2代目は、18世紀後半に、近隣の都市ナンシーが持つ美しいスタニスラス広場に対抗する広場を、大聖堂南側(この時、当時そこにあった回廊が取り壊されてしまう)に建設すべく任命されたブロンデルなる建築家が、広場を囲む建築物との調和を図るため、西正面の扉口をなんとも醜く、素っ気のないものに改築してしまったのだ(写真はこちらをご参照。http://fr.wikipedia.org/wiki/Fichier:Metz_vor_der_Restaurierung_,_v._1877.jpg)。その後、普仏戦争により1871年、メッツをフランスから獲得した当時のドイツ帝国により、西正面は今あるネオゴシック様式で建て替えられることになるのだ。他のゴシック大聖堂西正面のような歴史の重みは感じられないものの、ブロンデルの、何の様式なのか分からない醜い扉口がこんな素晴らしいゴシック大聖堂にくっついていることを考えれば、現存する扉口の方がはるかに良かったろうと思う。メッツがフランスなのかドイツなのかという議論はここでお話する範疇を超えるが、メッツがドイツに占領されなかったら、今頃我々が目にするのはブロンデルの醜い扉口を持つ西正面だったかも知れない。なんだか複雑な気分だ。

とは言うものの、メッツ大聖堂が他に類を見ない美しい大聖堂であることには変わりない。左岸の高台に建っているため、どこからでもその姿を眺めることができ、緑青色の屋根と黄色の壁面とのコントラストは実に素晴らしく、先程も述べたが、ただひたすら高さを追求したような外観が、メッツの町並から桁外れのスケールで浮かび上がる様は、アミアンらランスなどとはまた異なる、ゴシックの巨大さというものを深く印象付けさせてくれる。

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~Mutteの塔に修復の覆いが被されている~

ただ、ここでも修復工事にがっかりさせられた。Mutteの塔という、先程述べた西正面南後部に聳える尖塔が修復工事のため、すっかり覆いを掛けられていたのだ。このMutteの塔、尖塔部分がフランボワイアン様式で造られ、繊細でとても美しい塔なのに醜い覆いと足場が剥き出しになり、全体の外観をも損ねてしまっている。先般ご紹介したトロワ大聖堂といい、本当にどこに行っても修復だらけで、なかなか美しい全容を見ることができない。ちなみにこの修復工事、何とあと5年も掛かるそうだ。何にも邪魔をされることのない姿を拝めるのは当分先のようだ。

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~上昇感のある堂内~

外観は少し残念だったものの、ゴシック大聖堂No.1の総面積を誇るステンドグラスも当然見所なので、これから堂内に入る。まずやはり驚くのは天井の高さ。身廊が狭いため、上昇性は一層強くなる。そして上を見上げると窓という窓にステンドグラスが嵌め込まれている。

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~周歩廊のステンドグラス~

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~内陣上部のステンドグラス~

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~後陣礼拝堂のステンドグラス~

尤も、ここに残されているステンドグラスは大部分が14,5世紀の中世末期から近世のもの。沢山の色硝子を用い、絵付により様々な聖人、物語が描かれてはいるものの、シャルトルにあるような深みのある12,3世紀のステンドグラスは殆どない。圧倒的な窓ガラスの量には驚かされるが、それでもシャルトルやブールジュのような中世の深みのあるステンドグラスには一歩劣ることは否めないと思う。

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~非常に数少ない13世紀のステンドグラス~

むしろここでは、ステンドグラスの巨大さに感嘆する方が良いのだろう。特に西正面、南北両翼廊の壁面一面に嵌め込まれたステンドグラスの迫力は凄い。これこそ壁のステンドグラス化だ。

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~北翼廊、壁面全てがステンドグラス化している~

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~拡大部分(1)~

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~拡大部分(2)~

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~南翼廊ステンドグラス~

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~交差部より西正面方向を見る、壁面がステンドグラス化しているため光が入り過ぎ露出過多になっている~

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~西正面ステンドグラス~

また、ここメッツにもシャガールのステンドグラスが数点嵌め込まれている。以前ご紹介したランス大聖堂のものも美しいが、個人的にはここメッツ大聖堂にあるものの方が好きだ。

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~北翼廊のシャガールのステンドグラス~

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~拡大部分~

シャガール独特の鮮やかな色彩と、異なる色が隣り合う境の両方の色が微妙に混ざり合ったような玉虫色の表現は、メッツの方が遺憾無く発揮されていると思う。特に、北翼廊にある、明るい黄色を略全面に使用した「エデンの園」を主題とするステンドグラスと、内陣南側にある「ヤコブの夢想」を主題とするステンドグラスが美しい。

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~「ヤコブの夢想」のステンドグラス~

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~拡大部分~

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~「創世記と出エジプト」を主題とするステンドグラス~

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~拡大部分~

ただ、ここもランスも、その他のものも、シャガールのステンドグラスはシャガールが作成したわけではない。シャガールのデッサンを基に、彼から全幅の信頼を置いていたシモン・マルクという人物が彼のステンドグラス作品を一手に担っていたのだ。

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~夕陽を浴び黄金色に輝く大聖堂~

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~その(2)~

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~対岸からライトアップされた大聖堂を見る~

夕方になり、夕陽が大聖堂に当たると、黄土色の姿が金色に輝く。そして、夜になり、ライトアップの光に照らされると、メッツ大聖堂は、昼間とは全く異なる美しさを見せてくれる。流石、光の町を観光の売り物にしているだけはある、対岸から眺めた時、大聖堂は暗闇の中に溶け込んだ周りの建築物の中からその巨大な姿を浮かび上がらせ、昼間より一層はっきりと屋根と壁面との緑青と金色の美しい対比を見せてくれる。夏は陽が沈むのが遅く、とっくに夜中になっているのだが、時間の経つのも忘れ、ずっと暗闇に聳えるその姿を眺めていた。

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~西正面のライトアップ~

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~斜め後方よりライトアップされた大聖堂を見上げる~

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No title

大先生、拝見しました。写真めちゃくちゃ綺麗ですね。大先生の大聖堂への想いが滲み出る文章に感動です。ではまた。

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Re: メッツ出張

はじめまして。
ブログご覧頂き、有難うございます。最近全然更新しておらず、ご返信が遅くなりました。
メッツはとても美しく、良い町ですよ。食べ物、ワイン(モゼールワイン、コート・ド・トゥル(Toul)等が有名です)も美味しいです。また、近くにはナンシーと言う、アールヌーボー芸術の栄えた美しい歴史都市もあります。地方都市では流石に英語が通じない場合もありますが、町の人達はとても親切(特にメッツのある、ドイツ国境近くのアルザス・ロレーヌ地方は、パリなんかと違って人も優しいです)ですので、何か困ったことがあっても親切にしてくれると思います。
メッツの日系子会社へのご出張でしょうか?でしたら、モゼール開発局駐日事務所というところが日系企業のサポート等を行っておりますので、現地での貴重な情報ももらえるかと思います。
また何か具体的なご質問等ございましたら、私で分かることでしたら喜んでご回答させて頂きますので、何なりとお問い合わせ下さい。
プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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