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サンス大聖堂(フランス、ヨンヌ県)

結構前になるが、2月の晴れた土曜日、サンス大聖堂を見に行ってきた。

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~サンス大聖堂西正面、修復の覆いが邪魔~

サンスは、パリの南東120km程のところにある、人口3万人程度の小さな町だ。とは言うものの、中世の時代には、サンスの町は宗教上非常に重要な位置を占めていた。何せ大司教座のあった町で、パリ、シャルトル等(いずれも司教座のあった町)はサンス大司教区に属していた。つまり、当時は、現在の首都パリや、フランスのアクロポリスと呼ばれるシャルトルよりも重要な町であったわけだ。今でも、当時のサンス大司教がパリに滞在している間に宿泊していた「サンス館(Hôtel de Sens)」なる豪華な邸宅が、パリのど真ん中の4区に残っている。このように、歴史上重要な町であったため、他にも見るべきものの多い町だが、その日は寒さが尋常ではなく(昼間で零下5度程だった)、外にいるだけで、手が痛くなってくるので、大聖堂だけ見てすぐに帰ってきてしまった。

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~市場外観~

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~市場内部~

唯一、大聖堂の真ん前に立っている屋内市場の建物だけを簡単に紹介させて頂く。これは遡ること1882年に建てられた鉄骨の市場で、外観、及び鉄骨が剥き出しとなった内部共大変美しい。今でも市場として普通に利用されており、チーズ屋でSoumaintrain(フランス人は、「手」"main"の「下」"sou(s)"の「列車」"train"という風にこの名前を覚えるらしい)というこの地方産のチーズを買って帰った(美味しいと聞いていたのだが、たまたま買ったものが悪かったのか、あまり美味しくはなかった)。

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~西正面、南側の大司教宮殿の屋根が美しい~

さて、大聖堂の方だが、ここでもまた、西正面が修復中で覆いが被せてあった。残念極まり無い。何故どこもかしこも修復ばかりやっているのだろう。しかも1、2年で終わったりはせず、必ず数年は覆いが被さったままとなる。本当に残念。

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~最初のゴシック大聖堂と言われる堂内~

愚痴はこれ位にして、サンスの大聖堂はサンドニと共に、最初のゴシック建築と言われる。サンドニ大聖堂のところでもお話したが、ゴシック建築は、ある日突然世に現れたわけではなく、ゴシック様式を位置づけるいくつかの特徴が明確な形となって一つの建築物に現れたのが、サンドニにおいてだった、ということなのだが、ここサンス大聖堂も、ゴシック建築史上、実は同列に置かれているのだ。少しおさらいしてみるが、ゴシック建築の特徴としては、(1)交差ヴォールト、(2)尖頭アーチ、(3)((1)、(2)と共に)上昇性、垂直性、(4)広大な内部空間、(5)壁面に穿たれた大きな窓及びそこに嵌め込まれたステンドグラス、(6)(巨大な建築物としたこと及び壁面を窓ガラス化することによる)自重を支えるためのフライングバットレスの設置、等が主な特徴として挙げられるが、これらはロマネスクの時代にもそれぞれ既に現れ始めていた特徴で、例えば、交差ヴォールトはノルマンディーのロマネスク建築で既に採用されていたし、大きなステンドグランスはシャルトルの西正面でも見られる。また、巨大な内部空間で言えば、トゥールーズの聖セルナン教会堂や、今は存在しないがクリュニー修道院などは初期ゴシック建築より遥かに巨大だ。また、逆に言えば、ゴシック建築であるにも拘らず、ポワティエ大聖堂のようにフライングバットレスの無いものもある(この際、ゴシック様式の特徴を殆ど備えていないイタリアゴシックは対象外としておこう)。よってどこからがゴシック建築と呼ばれるのかを区分けするのはなかなか難しいと思うのだが、要は、上記のような諸特徴が表す建築思想というか、一つの建築物として、ゴシック様式の持つ概念をしっかりと備えているかどうかが鍵となるのでは、と思う。

その点でサンドニは以前にもお話したように、明確にゴシック建築だと言えると思うのだが、サンスも、その少し前のゴシックの特徴を備え始めた建築物と一線を画する特徴がある。これはゴシック建築研究第一人者、オットー・フォン・ジムソンが、その著「ゴシックの大聖堂」で詳しく述べているが、堂内の垂直性になると思う。

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~垂直性を明確にした円柱と三層構成~

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~アーケードの高さが上昇感を強める~

まず、上の写真を見て頂きたいのだが、円柱が下から上へ遮られるものなく、すっと伸びているのが分かると思う(太い円柱と細い円柱が交互に存在するが、これは天井が初期ゴシックに多く見られる6分交差ヴォールトになっているため、天井からの自重が四隅に掛かることから、四隅の柱が太く、間の柱が細くなっている)。一方、ラン大聖堂の円柱を見て頂ければ分かるのだが、一番下のアーケード部分の円柱は、側廊上部に位置する部分にトリビューンと呼ばれる階上廊の下のところで途切れており、そこから上は装飾的な細い柱が付加されているに過ぎない。かつ、トリビューンから上の部分の円柱も、途中何度もリングで分断されており、垂直性が完全に分断されていることに気付くと思う。これに対し、サンス大聖堂の円柱は、最下部から天井の交差ヴォールトのリブと繋がる迄、一つの線として遮るものなく伸びているのだ。

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~側面の三層構成~

また、身廊から側廊方向を見た時の空間処理の方法も、従来とは異なる方法を採用している。ラン大聖堂を紹介した際、初期ゴシックでは垂直性と共に、水平性も重視されていたことをお話したが、その特徴の一つが、堂内側面の四層構成で、一番下の身廊のアーケードの上に、側廊上部に位置する部分にトリビューンと呼ばれる階上廊(ラン大聖堂で、ここを通った写真を掲載しているのでご覧下さい)が乗っかり、その上にトリフォリウムと呼ばれる、実際には狭くて通ることのできない、装飾としての擬似的な階上廊があり、そして最上層の、クリアストーリーと呼ばれる高窓層へと繋がっていく。側面を見上げた時、これら四つの層が水平に並ぶことから、垂直性を減殺することになっているのだが、ゴシック様式の発展に伴い、徐々にトリビューンが消滅し、三層構成へと変化していくことになるのだ。これはどういうことかと言うと、3層となることにより、一番下層のアーケードが高くなって垂直性を高めると共に、実際廊下としても機能していたがために奥行きがあり、この点でも垂直性を減少させていたトリビューンが取り払われることにより、その上のトリフォリウム、クリアストーリーへと連続して繋がることにより、視覚的にも、四層構成に比し、一層上昇感が強まるという効果があるのだ。驚くことに、ここサンスでは、完全な四層構成を持つラン大聖堂の着工年1155年より20年も前に着工されたにも拘らず、シャルトル以降の古典ゴシック大聖堂が軒並み採用する三層構成を既に採用しているのだ。これらの点が、このサンス大聖堂を最初のゴシック大聖堂として位置づける所以となっている。

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~すっと伸びた円柱~

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~天井はそれ程高くはないが~

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~円柱にステンドグラスの色彩がゆらめく~

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~薔薇窓の鮮やかな色彩が堂内に落ちる~

ただ、24.4mという天井の低さ(サンドニは34m)や、尖頭アーチとは言いながらも、まだまだ鋭角ではないその線は、サンドニや、その後に続く、シャルトル、ランス、アミアンのゴシック三大聖堂と比べると、ゴシックの過渡期に位置するものと言わざるを得ないのかもしれないが、それでも着工年が1135年(サンドニは1140年、シャルトルは1196年)を考慮すると、これはやはり、当時にしてみれば、非常に画期的かつ独創的な建築物だったと言うことができるのでは、と思う。ちょっと話は逸れるが、こうして見てくると、ゴシック建築とは、それぞれの要素が一つの建築物全体の思想・様式を表すことに貢献し、集合しているものであって、前回迄紹介していたイタリアゴシックは、美しくはあっても、やはりゴシック建築とは呼べないのではないか、と思う。

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~南翼廊から西正面南塔を見る、覆いが本当に残念~

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~フランボワイアン様式の南翼廊の装飾~

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こちらは北翼廊、手前で犬がう○○してた~

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~後陣部分、ガーゴイル(雨の排水彫刻)が存在していない~

随分と説明が長くなってしまった。改めて全体を見てみよう。全長113.5mとかなり長く、ここでも巨大さの点でそれ以前の教会堂と一線を画している。12世紀末には完成を見た西正面はまだまだ初期ゴシックのため、ロマネスク要素が強く、大薔薇窓もない。一方、翼廊及び南塔は後の時代に建てられ、フランボワイアン様式になっている。

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~西正面の窓、翼廊に比べかなり小さい~

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~南翼廊窓~

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~下部拡大部分~

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~こちらは北翼廊窓~

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~翼廊高窓~

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~内陣高窓~

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~翼廊高窓~

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~拡大部分~

堂内には比較的多くの古いステンドグラスが残されており、また、翼廊北側には18mの高さにも及ぶ巨大な16世紀初頭のステンドグラスが嵌め込まれている。また、パリのサンス館を建てたサラザール大司教のフランボワインアン様式の墓標等見るべきものが多い。

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~内陣集歩廊のステンドグラス(1)~

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~その(2)~

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~その(3)~

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~その(4)~

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~拡大部分~

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~拡大部分、大聖堂内陣が描かれている~

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~サラザール大司教の墓標~

ちなみに、その後のゴシックの先駆けという意味合い以外にもサンス大聖堂の影響は大きく、英国にあるヨークと並ぶ最大のゴシック大聖堂であり、英国国教会の総本山であるカンタベリー大聖堂は、ギヨーム・ド・サンス(サンスのギヨーム)なる、ここサンスで大聖堂建設に従事していた建築家により設計・建設された(1175年に内陣が献堂された)。イギリスのゴシック建築はフランスから伝播してきたということだ。 ただ、前にも述べたが、イギリスの大聖堂はフランスのように高さを追求するのではなく、平行性、奥行きを求めて発展していったので、殆どが天井高20m台に止まっている。いずれ機会を見て改めて訪れたいと思う。




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まとめteみた.【サンス大聖堂(フランス、ヨンヌ県)】

もう大分前になるが、2月の晴れた土曜日、サンス大聖堂を見に行ってきた。~サンス大聖堂西正面、修復の覆いが邪魔~サンスは、パリの南東120km程のところにある、人口3万人程度の小さな町だ。とは言うものの、中世の時代には、サンスの町は宗教上非常に重要な位置を占め?...

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プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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