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ノワイヨン大聖堂

前回イギリスの初期ゴシックをご紹介したので、今回はフランスの初期ゴシック建築の一つ、ノワイヨン大聖堂をご紹介したい。

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~ノワイヨン大聖堂西正面~

ノワイヨンはピカルディー地域圏に属する、パリの北約100kmのところにある小さな町で、人口は15千人程だが、6世紀には既に司教座が置かれていた。ということで、現存するゴシック様式の大聖堂以前から、ここには司教座聖堂=大聖堂が存在していたが、ロマネスク様式のそれが1131年に火事で崩壊(ゴシック様式の大聖堂が建設される際、前身となるロマネスクの大聖堂が火事に遭うことが本当に多い。もしかするとここも放火だったのか?)、1145年にゴシック様式で新大聖堂の建設が開始される。今迄にご紹介した同じく初期ゴシックのサンス大聖堂(1135年)の後、ラン大聖堂(1155年)の前、ということになる。なお、ノワイヨンの司教座は1801年に廃止、ボーヴェに統合されたので、正確に言うと、今は大聖堂では無くなっている。

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~南側より西正面を見る~

周歩廊、放射状祭室から開始された大聖堂の建設は、その後内陣、翼廊と進み、12世紀後半には内陣が完成する。身廊の完成は13世紀が明けてから、西正面の建立を見るのは1231年のことだった。その他の初期ゴシック建築同様、未だロマネスク様式の面影を残すところが多い。各部を順に見てみよう。

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~西正面を見上げる、素朴だが力強い垂直線が印象的~

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~入口に付加されたポーチ~

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~北塔の方がより繊細なのが分かる~

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~四隅の骨太な控え壁~

まずは西正面。骨太な双塔を配した構造で、北塔は1293年の火災の後修復されたことから、南塔に比べ若干複雑な装飾を帯びている。とは言うものの、簡素な垂直線で区切られただけの造りは四隅に巨大な控え壁を従え、尖頭アーチの存在以外は、ロマネスク様式との印象を受ける。ちなみに当初は、頂上には尖塔を頂くプランであったが、尖塔が建設されることはなかった。西正面でもう一つ特徴的な点は、14世紀に入口の前に加えられたポーチの存在。横からみると大きく迫り出しているのが分かる。全体として質実剛健な造りだが、その簡素な美は、ゴシック初期の力強い息吹を感じさせてくれる。

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~身廊から内陣を眺める~

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~身廊のスクリーン、太い円柱と細い円柱が交互になっているのが分かる、本来六分ヴォールトに用いられる構造~

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~側廊から身廊を見る~

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~側廊、円柱の美しい配列~

さて、堂内に入ってみよう。オーソドックな3廊式で、壁面構成は、これも他の初期ゴシックと同様、アーケード、トリビューン、トリフォリウム、高窓層からなる四層構成となっている。まだまだ、古典ゴシックのような垂直性は有していないが、壁面を支える円柱は、遮られるものなく天井まですっと伸びており、10年後に建設が開始されたラン大聖堂のような、円柱を途中で分断するようなリングはなく、一層の上昇感を見るものに与える。天井は四分ヴォールトになっているが、円柱を良く見ると、太い柱と細い柱が交互になっているのが分かる。つまり、建築家は元々、六分ヴォールトによる天井を設計していた、ということなのだが、技術上の問題により、六分ヴォールトにより天井建設を断念したらしい。

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~半円形の翼廊~

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~南側翼廊を外から見る~

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~こちらは北側翼廊~

ノワイヨン大聖堂の最も特異な点は、翼廊が壁面ではなく、円形に閉じていること。これは初期ゴシックのみに見られる形態で、現存するのは、他にはノワイヨンの少し北にあるソワソン大聖堂位だと思う。 壁面でないので薔薇窓を配置することはできないが、身廊から続く壁面構成がそのまま分断されることなく、内陣へと引き継がれることになる。

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~内陣、アーケードや高窓層が未だロマネスク様式の円形アーチとなっている~

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~周歩廊から内陣を見上げる~

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~曲線が利用されたフライングバットレス~

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~外陣と参事会の図書館~

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~ステンドグラスは殆ど残っていない~

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~北側回廊~西正面双塔を見る~

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~無骨で大きいフライングバットレス~

内陣は身廊と同じ四層構成だが、身廊よりも建築時期が早いため、アーケードや高窓層では未だ円形アーチ構造となっている。これを周歩廊で取り囲み、古典のレヨナン式と同様、放射状祭室によって囲まれている。外から後陣を見てみると、未だ未だロマネスクの影響が残り、角の無い円形の輪郭のフライングバットレスが重みを支えている。

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~側廊礼拝堂の繊細な彫刻~

その他では、外陣南側にある、14~16世紀に付加された繊細な礼拝堂が美しい。

簡単に大聖堂の規模を記しておく。全長103m、天井高22.7m、西塔66mと、ゴシック大聖堂として中規模の大きさだ。ゴシック隆盛期のような洗練された美しさは無いが、ロマネスクからゴシックへと変化する時期の生き生きとした生命力のようなものは十分感じられる。特に西正面の重量感を持ちつつも、垂直と水平の分割が見事な双塔の美しさには感銘を受ける。 すぐ近くには同じような様式を持つソワソン大聖堂もある。また近い内にご紹介したい。

イーリー大聖堂(イギリス)

イギリスにはゴシックの大聖堂が数多くあるが、今迄一度もご紹介したことがない。折に触れお話しているように、フランスを中心とする大陸側の大聖堂と比べ、魅力に乏しい、と考えていたのが主な理由だが、そうは言っても、事実として非常に多くのゴシック大聖堂が存在するので、本当に久しぶり(実に25年振り!)に、一つ試しに見学してきたので、ご紹介させて頂く。先に結論から申し上げると、今迄敬遠していたことを非常に後悔する位、大変素晴らしいものだった。

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~イーリー大聖堂遠景~

イギリスの大聖堂を見るに値しない、と思い込んでしまっていた理由は、その建築構造上の平凡さ(と言って良いのかどうか分からないが)故だ。一般的に、イギリスのゴシック大聖堂は、天井が非常に低く、20m台前半・半ば程度のものが殆どで、これは、フランスの規模の大きなロマネスク聖堂(トゥールーズ、コンク等)や、一部の初期ゴシック大聖堂と同じ高さで、シャルトル、ランス等フランスの主要なゴシック大聖堂の高さ(30m台後半)には遥かに及ばない。ゴシック建築の技術的挑戦の最も重要なものの一つは、天井高の追及で、天井が高くなればなるだけ、その自重と高所の風による横圧力に耐えるだけの構造が必要となり、フライングバットレス、控え壁の洗練さ、あるいは堂内の石柱や天井の構造とのバランスといったものが求められ続けたことは、今迄何度もお話した通りだ。これに挑戦していくことで、フランスのゴシック大聖堂は時代と共に巨大化し、構造が洗練されていった。これに対し、20m台の天井高では、それ程の技術的革新が必要とされることもなく、実際、イギリスでは、側面にフライングバットレスを備えていないゴシック大聖堂がかなりある(つまり、フライングバットレスによる補強が必要ないということ)。天井が低い一方、イギリスの大聖堂は非常に長く、主要なものは殆どが150m以上もある(フランス最大のアミアン大聖堂でさえ、145m)が、長さは敷地さえあれば、特別な建築技術を要さずとも、いくらでも伸ばすことは可能なので、結果、イギリスのゴシック大聖堂は大したことはない、と結論付けてしまった次第。実際、大学の卒業旅行でいくつか見学したものの、感動することもなく、当時の印象が今まで続いていた、ということになる。

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~大聖堂西側を南側面より望む~

上記の経緯から、社会人になってから今迄のゴシック大聖堂訪問の旅の中、イギリス一ヶ国だけ全く足を踏み入れていなかったのだが、今回訪れて、今迄の考えが完全に間違っていたことに痛い程気付かされた。いや、むしろ、若い頃には理解できなかった素晴らしさ、美しさが、年を取って、ようやく分かるようになった、ということなのかも知れない。他の大聖堂、あるいは、他の芸術作品でもそうだが、若い頃に素晴らしいと思わなかったものが、この年になって改めて見てみると、「こんなに素晴らしいものだったのか」と再認識させられることが良くある。これは、自分の価値観や、それに基づいた人間関係とも同じで、若い頃は、一つの価値観、考えに大きく支配され、そこから逸れるものについては、受け入れなかったり、批判していたものが、年を経るにつれ、それが自分の未熟さ故と分かるようになり、色んなものが見えるようになってきて、人・物問わず、理解できる、尊重できるものが昔より増えてきたからなのかしれない。昔は感受性が豊かなのは若い内であって、年を取ってしまうと、美しいものに感動できなくなってしまう、という焦りのようなものがあったのだが、実はその反対で、年を経てきたからこそ、色々な美しさが分かるようになってくることもあるのだ、ということを最近実感している。そうであれば、体の動く限り、ゴシック大聖堂を見る度、新しい感動があるはずなので、これからも先の長いゴシック建築行脚を続けようと思う。

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~イーリーの町を流れるグレート・ウース川~

久しぶりのブログ再開なのに、いらぬ事を長々と書いてしまった。さて、漸く、今回訪れたイーリー大聖堂をご紹介することにしたい。

イーリー、Elyという町は、ロンドンの北約100kmのところにあり、ケンブリッジから列車で15分程度の、人口約15千人の小さな町だ。イーリーの名前の由来は、ウナギeelから来ている、とする説と、島を意味するy、eyから来ている、とする説があるが、この辺りは、昔、泥沢地帯で、ウナギが沢山生息してことは確かなので、前者の由来の方が信憑性が高いようだ。駅は町のはずれにあり、15分も歩くと、大聖堂のある町の中心に着く。未だ古い街並みを多く留める美しい町だ。ちなみに今回宿泊した、大聖堂のすぐ近くにあるLamb Hotelは、15世紀の旅籠屋にまでその歴史を遡ることのできる古いホテルだった。大聖堂の横にある大きな芝の公園や、町中を流れるグレート・ウース川の畔の散歩道等、小さいながらも、とても気持ちの良い町だ。

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~西尖塔と西翼廊~

さて、正式には、「聖なる三位一体不可分の大聖堂教会」という長い名称を持つ(イギリスの大聖堂は、ここイーリーに限らず長い名前が多い)イーリー大聖堂だが、ます写真を見て頂いてお分かりのように、大変変わった外観をしている。歴史的背景と共にご紹介していきたい。

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~交差部の八角採光塔゜Octagon゜~

大聖堂の前身は、エセルトリーダが7世紀に設立した女子修道院にある。彼女は、イースト・アングリアのアナ王の娘で、2度の結婚を経つつも、大変敬虔なキリスト教徒であったため、処女のまま生涯を通し、673年にイーリーに修道院を建設、初代修道院長に任じられた。680年に首にできた腫瘍のため病死したが、大理石の棺に納められるため、17年後に墓より掘り起こされた死体は、腫瘍が治癒し、衣服も埋葬された当時のままだったと言う。その霊験灼さから、聖人に列せられ、多くの巡礼者を集めることになる。

一方、エセルトリーダが興した修道院は、870年頃、デーン人(デンマーク辺りに居住していたノルマン人)により侵略、破壊されてしまう。その後、カンタベリー司教ダンスタンによる、宗教活動の復興の動きの中、970年に修道院は再建され、エセルトリーダの棺を配することもあってか、イングランドにおける指導的な修道院の役割を果たすようになる。

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~ ~交差部から身廊を見る~

1066年、ノルマン公ウィリアムによるイングランド征服は誰もが知るところだが、ここイーリーも、激しい抵抗があったものの、征服王の手に落ちることになる。イーリー攻略後、ウィリアム一世となった征服王は、1083年、元あった修道院の近くに、現在の大聖堂となる新修道院教会堂の建設を命じる。請け負ったのは、イングランド南部のウィンチェスターから来たアボット・シメオン、当時建設が開始されていたウィンチェスター大聖堂に倣った、とされる。その後建設はアボット・リチャードに引き継がれるが、同修道院を大聖堂へと格上げするという野心を持った彼は、身廊を巨大化(長大化)する。その甲斐あってか、1109年に修道院は大聖堂の地位が付与され、1140年頃には身廊と西翼廊(北側部分は15世紀に崩壊)の一部が完成、小休止を経て、12世紀後半に西翼廊及び西塔が完成する。エセルトリーダの棺が元あった修道院から大聖堂に移されたのはこの頃のようだ。西塔下部からさらに突き出た、ガラリア・ポーチと呼ばれる入口が初期ゴシック様式で付加されるのは13世紀初頭、続けて内陣が同じくゴシック様式で建設され、1252年に当時の王ヘンリー三世により献堂された。

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~西塔よりOctagonを見る、窓を見ると、翼廊がロマネスク、Octagonがゴシックで建てられているのが分かる~

上記の建設年代を見ればお分かりのように、ゴシック様式が普及するより早い時期に建設が開始されたのが分かる。ゴシックに先立つ様式と言えばロマネスクだが、イギリスでは、ウィリアム征服王が大陸のフランス、つまりノルマンディからもたらした様式という意味で、ノルマン様式と呼ばれる。このノルマン(=ロマネスク)様式で建てられた部分は、西塔及び西翼廊、身廊の部分及び交差部翼廊部分となり、その他の、西入口(上記ガラリア・ポーチ)、交差部のOctagonと呼ばれる八角形の採光塔、内陣及び北東部分に突き出たレディ・チャペルがゴシック様式と、ノルマン、ゴシック様式が混在した大聖堂となっている。一つ追加しておくと、イーリーに限らず、イギリスの大聖堂でノルマン様式を採用しているものの多くの天井は、円形天井ではなく、尖頭アーチ型の交叉ヴォールトになっている(実際は、イーリーでは、後程ご説明の通り、ヴォールトは木造天井により隠されているが)。これは、ノルマンディー地方のロマネスクの聖堂も尖頭アーチの天井が多い(カンの男子修道院等)ことからもお分かりの通り、ウィリアム王のイングランド征服による、ノルマンディの建築様式の影響が強く表れているものと見ることが出来る。

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~西正面全景~

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~西翼廊越しに西塔を仰ぎ見る~

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~西正面に迫出したガリラヤ・ポーチ~

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~ナルテックスのノルマン様式の円形装飾~

各部を順に見ていこう。まずは西側部分。冒頭でも述べたように、正面から見た姿は、他では見られない風変わりな外観をしている。真ん中にノルマン様式の単塔が聳え、南側に西翼廊が張り出している。西塔の上部のみゴシック様式の尖頭アーチが見られるが、その他の部分は円形アーチによるノルマン様式となっている。その横に、入口がスクリーン化したように翼廊が伸び、端には円形の塔が南向きに2塔付加されている。一瞬、お城の正面かと見間違うようなその外観はロマネスクながら重々しさは少しもなく、落ち着いた気品のある佇まいだ。正面前の芝の公園の緑と青空とのコントラストの中に映える姿はとても美しい。残念ながら、北側の翼廊は15世紀末に崩壊し、その後修復されないままとなっている。西正面中心下部に迫り出しているのが、ゴシック様式のガラリヤ・ポーチ。トンネルを抜けて堂内に入るような感じになっており、ナルテックスのような役割を果たしている。ただ、西翼廊部分がナルテックスとなっているので、長い道のりを経て世俗の世界から神の世界へ入っていくような印象を与える。一つ付け加えておきたいが、イーリー大聖堂は、上述の通り、他のイギリスの多くの大聖堂と同じように、2重翼廊となっている(但し、西正面に翼廊が付加されている例は稀)。フランスのサン・カンタン聖堂をご紹介させて頂いた際、2重翼廊構造を非常に珍しい、としてご紹介したが、イギリスでは普通の様式であった。調べてみたら、フランスでも2重翼廊の例はあったが、11世紀以降は建設されなくなった、とある。イギリスのゴシック大聖堂を敬遠していたため、知識が不足していたわけだ。ちなみに、西塔にはガイドツアーで上ることができる。頂上からは素晴らしい景色と、Octagon、中央交差部の採光塔の全景を眺めることができる。

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~身廊天井~

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~交差部から身廊を見る~

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~天空に浮かぶ緑の川のよう~

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~ノルマン(ロマネスク)様式の円形アーチ~

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~側廊の尖頭アーチ天井(オジーブは存在しない)~

さて、身廊に足を踏み入れると、ここでもまた、他では見られない姿に接することになる。側廊に開いたアーケード、トリビューン、その上の高窓層の3層構造となっている点は、フランスの大聖堂を同じだが、天井が船底のように木の板で塞がれていることだ。これは、19世紀に醜いリブ(助骨)を隠すために木の天井を被せたとのことだ。天井には薄い緑青を背景に聖書の物語が、その長さ76mに亘り延々と描かれ、石灰岩の白の円柱とのコントラストもあり、天空に緑の川が明るく光を浴び流れるような印象を受ける。また、交差部に近いところでは、極彩色に彩色されていたアーケードの名残を見ることができ、当時の、まばゆいばかりに彩られた堂内を想像することができる。

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~交差部~

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~Octagon~

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~Octagonを支える多数の梁~

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~採光部より交差部を見下ろす~

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~採光部の天使のパネル~

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~採光塔頂部~

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~屋根に上り頂塔を間近に見る~

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~Octagonから西塔を見る~

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~こちらは西塔から見たOctagon~

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~Octagonとケンブリッジシャーの風景~

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~Octagonの構造の模型~


歩を進め、交差部に向かうと、急に視界が広がる。先程も述べたOctagonと呼ばれる八角形の採光塔だ。ここが、イーリー大聖堂のハイライトであり、かつ、イギリスの全大聖堂、いや、全ゴシック大聖堂の中でも、最も美しい採光塔の一つだと言うことができると思う。元々、ノルマン様式で四角形の採光塔が建てられていたのだが、1322年、支えていた四隅の石柱の脆さと、北側のレディ・チャペル建築工事の影響による地下水層の沈下が要因となって、採光塔が、隣接する部分を伴って崩壊してしまう。修復工事は、より強固な基礎をし、より広大な空間を創出することを目的として、ゴシック様式による八角形の採光塔を建設することで1327年に開始される。天井高のところまでは、八本の石柱が聳えるが、その上には、恐らくは資金面の問題から、また恐らくは建築技術上の問題から、石材ではなく、木材による採光塔が設置される。1400年頃、その上に頂塔が備え付けられ、八つの端には、長さ19mの1本のオーク材が用いられた。総重量200トンにも及ぶこのOctagonは複雑な多数の木の梁で支えられている。ガイドツアーにより、Octagonの裏側及び屋根を見学することができるのだが、重量をうまく支え逃がす、幾重にも重なった梁を見ると、当時の卓越した建築技術を垣間見ることができる。また、屋根に上ると、間近に頂塔と、イーリーの町越しに、ケンブリッジシャー地方の美しい景色を眺めることができる。採光塔下部には 天使の絵が計32のパネルに描かれているが、見学者には、裏からパネルを開けて、中を覗かせてもらえる。緑、赤、淡い黄で彩色された天井をすぐ真上に仰ぎ見ることができ、天国への入口に手が届きそうな感覚になる。

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~交差部基部の石柱~

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~真下からOctagonを見上げる~

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~Octagon拡大部分~

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~美しい色彩のグラデーション~

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~Octagon越しに身廊天井を見る~

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~翼廊天井~

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~Octagon基部のステンドグラス~

間近で細部を見るのも、とても興味深い経験なのだが、Octagonの美しさは、やはり下から仰ぎ見た際に一番満喫することができる。土台を支える八本の石柱と石柱を繋ぐ木材の基部が幾本ものリブを構成し、色鮮やかに彩色されながら、採光塔の中心へ収斂していく様は、無限の天空へと光が登っていくようで、さながら西洋の日光東照宮を見ているよう。緑、赤、淡い黄の彩色は、下部では天井の暗がりへと溶け込み、また、頂塔天井の彩色は、すぐ下の窓から差し込む光によりまぶしく弾け、光の濃淡の暈しを作り出す。私は今まで、このように独創的で美しい採光塔は見たことが無い。これを見るだけでも、はるばるイーリー大聖堂に来る価値は十分にあると思う。

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~内陣から交差部を見る~

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~内陣のゴシック様式の3層構造~

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~こちらは北側~

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~内陣天井の複雑なリブ~

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~装飾リブを真下から見る~

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~美しい内陣仕切り~

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~パイプオルガンと聖歌隊席~

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~祭壇~

Octagonの先に展開するのは、こちらは完全なゴシック様式の内陣。聖歌隊席やパイプオルガンの装飾が大変美しい。また、天井を見上げると、ここでもイギリスのゴシック様式の特徴が見える。普通、ゴシックの天井は4分もしくは6分ヴォールトになっているが、イギリスのヴォールトは、装飾ヴォールトと呼ばれる、装飾要素を持つ非常に複雑なオジーブで覆われている。レースの網目模様のように美しいが、イーリーのものはこれでも未だ単純な方。グロスター大聖堂やピーターバラ大聖堂のそれは、楔帷子のように複雑な模様をしている。

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~東端のステンドグラス~

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~ステンドグラスを見上げる~

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~装飾様式の彫刻~

東端は円形ではなく、フランスの初期ゴシック(ラン大聖堂)に見られるような壁面式となっている。嵌め込まれたステンドグラスは、19世紀の新しいものではあるが、深みのある幻想的な色合いを見せてくれる。北側には歴代司教の石棺があるが、入口を飾る装飾は完全なフランボワイアン様式。ただ、イギリスのゴシックでは、同様式は単に装飾様式と呼ばれる。ここで、今後改めてイギリスのゴシック大聖堂を沢山ご紹介させて頂くので、イギリスにおける中世教会建築様式の呼称を時代順に並べておく。
ノルマン様式(但し、尖頭アーチ型の天井が多い)
初期ゴシック様式
装飾様式(フランボワイアン様式に近い)
垂直様式(垂直性を強調したもの、ただ、フランスの垂直性とは少しニュアンスが異なる。同様式を採用した大聖堂をご紹介する際、詳しく説明させて頂く)

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~レディ・チャペル~

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~周囲を埋め尽くす装飾様式の彫刻~

北側の内陣側廊を交差部の方へ向かって歩くと、右手に出る通路がある。これが、14世紀に完成したレディ・チャペルだ。縦横30m x 14m、高さ18mの非常に広大な空間で、側面は窓ガラスで埋め尽くされ非常に明るい。壁面下部は装飾様式(フランボワイアン)で覆われており、また、天井は非常に複雑なオジーブで覆われている。

南側側廊には「修道士の門」と呼ばれる、ノルマン様式の彫刻が素晴らしい門があるのだが、時間がなく見ることができなかった(それでも計5時間見学したのだが)。また次回来た際に必ず見ようと思う。

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~西正面とOctagon~

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~身廊を外から見る~

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~内陣のフライングバットレス~

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~東端を外側から見る~

外に出て改めて外部を眺めてみる。身廊部分の側面には、フライング・バットレスは掛かっていない。ノルマン様式ということもあるが、天井高僅か22m、支える補強材が必要無いということだろう。一方、内陣は天井高26m、それ程高くは無いが、こちらはゴシック様式で建てられており、フライング・バットレスもきちんと架かっている。ちなみに、いつもの如く、大きさを記しておく。全長161m(長い!ただ、イギリスにはもっと長い大聖堂がある)、Octagonの高さ52m、西塔の高さ66m。最初にお話した通り、低くて長い、というのがお分かり頂けると思う。

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~夕陽を浴びる西正面~

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~西塔を西翼廊~

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~ガラリヤ・ポーチ~

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~斜め越しに見たところ、西翼廊北側が崩れているのが分かる~

夕陽が当たり朱色に燃える大聖堂もまた美しい。凛と立つ貴婦人のようで、「フェン地方の女王」と呼ばれるのも十分納得がいく。夜の帳が降りると、ライトアップされるのはOctagonだけ。その他の部分は暗闇の夜空に溶け込んでしまう。若干物足りなかったが、八角形の採光塔のみ浮かび上がる様は、これはこれで幻想的であった。

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~夕闇が降り始める~

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~シルエットのみが浮かび上がる~

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~ライトアップされたOctagon~

夜はレストランで生ビールを1.5パイントも飲んでしまった。昼間25度以上まで上がった暑い日でもあったので、冷たいビールが喉に気持ち良かった。

本当に、本当に久しぶりにイギリスの大聖堂を見たが、今までの自分の(イギリスの大聖堂は大したことないという)思い込みを大変後悔した。もっと早くに色々見ておけば良かった。近いうちにきちんと長い休暇を取って、じっくりイギリスの大聖堂を見て回る旅をしたいと思う(きっと子供達には大不評だと思うが)。


聖ロンバウツ大聖堂(ベルギー、メッヘレン)

以前、ベルギーのゴシック大聖堂として、一番大きいアントワープ大聖堂と、首都ブリュッセルの大聖堂をご紹介したが、最も美しいのは、ブリュッセルの北30km程のところにある、メッヘレンの大聖堂だ。

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~夜空に映える聖ロンバウツ大聖堂の鐘楼~

今でこそ、人口8万人程の小さな地方都市に過ぎないが、中世には毛織物業で大いに栄えた町だ。ご存じの通り、今あるベルギーは過去、色んな国の範図に置かれてきたが、メッヘレンが一番盛隆を極めたのは、ハプスブルク家の支配下に置かれていた時で、16世紀始めには、オーストリア出身の皇妃マルガリータが、当時のネーデルランドの首都をここメッヘレンに置いていた(23年しか続かず、マルガリータの死後、首都はブリュッセルに移される)。

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~グロートマルクト広場の市庁舎~

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~ゴシック様式なのが良く分かる~

こういった歴史的背景もあり、街中には立派は建築物が多い。中心にあるグロートマルクト広場を囲んで当時の美しい建物が残っているが中でも素晴らしいのは市庁舎で、民間ゴシック建築の傑作として名高い。

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~こちらは昼間の姿~

さて、メッヘレンの大聖堂をご紹介したいが、正式には、聖ロンバウツ大聖堂と呼ばれている。聖ロンバウツはメッヘレンの守護聖人で、その人生についてはあまり確かな資料が残っていない。アイルランド人ともスコットランド人とも言われており、キリスト教布教のため、この地を踏み、6世紀か7世紀頃殉教、後に聖人に列せられた。

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~天に聳えるひたすら巨大な鐘楼~

町のはるか遠くからでも、その一際巨大な鐘楼を目にすることができるが、建築様式はブラバント・ゴシック様式と呼ばれている。ゴシック様式は、フランスのイル・ド・フランスを発祥の地とし、時代の変遷と共に各地に伝播しながらその様式を発展、変化させていった、とこれまで各国のゴシック様式をご紹介する中で述べてきたことだが(イタリア・ゴシックや南方ゴシック、あるいは垂直性を強調したドイツ・ゴシック等)、ブラバント・ゴシックもこの流れの中で生まれた様式で、当時、今のベルギーを中心とした地方を治めていたブラバント公国(1183年-1795年、但し、15世紀には、ブルゴーニュ公国の、16世紀には先に述べたようにハプスブルク家の支配下に置かれる)の治世下に発展した建築様式を指す。イル・ド・フランスのゴシックに比べ、垂直性が強調されているものの、華麗さ・繊細さも備え、ノルマン・ゴシック程簡素でなく、また、フランボワイアン程華美ではない、と言ったところ。こう述べると、なんだか中途半端な様式のようにも思われそうだが、写真をご覧頂ければお分かりのように、決してそんな事はなく、とても美しい様式だ。アントワープ大聖堂(同じく、ブラバント・ゴシック様式)と比べると、多くの類似点が見い出せると思う。

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~鐘楼から見下ろしたメッヘレンの街並~

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~鐘楼の中に配置されているカリヨン~

上段冒頭でも述べたように、一番の特徴は巨大な鐘楼。塔ではなく、鐘楼と書いたのは、ヨーロッパで最も有名な49個から成るカリヨンが塔の中に置かれているからだ。カリヨンとは、鐘楼内に設置された演奏用の鐘のことで、単に時を刻む鐘とは区別される。ベルギー及び北部フランスには、このカリヨンを有する鐘楼が数多くあり、同地域にある56の鐘楼が、「ベルギーとフランスの鐘楼群」として、ユネスコの世界遺産に登録されている。中でも、聖ロンバウツ大聖堂の鐘楼は最も有名で、メッヘレンには、国立のカリヨン学校まであり、生徒達は大聖堂のカリヨンで練習することが出来る。うまくタイミングが合えば、彼らの奏でる美しいカリヨンの音色を聞くことが出来る。

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~ライトアップされ真っ白に光る鐘楼~

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~西正面から見上げた単塔式の鐘楼~

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~巨大な控え壁が鐘楼を彩る装飾にもなっている~

ちょっと前置きが長過ぎたが、とてつもなく巨大であるにも拘らず美しさと気品を備えたこの鐘楼は、単塔式で西正面に一本すっと天に向かって伸びている。四角形の巨魁が圧倒的な存在感を与えているが重々しさは無い。真っ白な壁面に、垂直の控え壁が四隅、中央から何本も天を目指す様は他に例が無い。また、この鐘楼は、ある意味、ゴシック大聖堂の中で最も重要なもの、と言うこともできる。高さ97.3mとかなり高いが、実は、当初の計画では、167mと、倒壊して今は存在しない塔も含め、世界で最も高い尖塔を建てることになっていた。設計図を以下に添付するが、なんと巨大な尖塔だろう。残念ながら、城塞建設のため資材が使われてしまったことから現在の高さで建設が中断、そのままにされ、現在に至っている。もし完成していたら、と想像してみても詮の無いことだが、やはり見てみたかった、という思いは強い。ただ、いつもお話しているように、ゴシック建築は、どこか未完で終わっていて、その先を人間の空想力で補うのが良いのだろう。

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~塔の完成図~

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~鐘楼のライトアップ、その(1)~

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~鐘楼のライトアップ、その(2)~

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~「凍れる音楽」を感じられないだろうか~

夜、その洗われたような真っ白な塔がライトアップの光に照らされ、漆黒の闇に聳える様は例えようもなく美しい。ゲーテはゴシック建築のことを「凍れる音楽(但し、原語では「凝固した音楽」と言ったのだが、英語に訳された際に「frozen music」とされたらしい)」と呼んだが、このメッヘレン大聖堂の鐘楼こそ、「凍れる音楽」という表現が相応しい塔だと思う。夜空を背景に浮かび上がる純白の塔を見上げていると、正しく、時が凍りついて停止したような錯覚に陥る。いくつかライトアップの写真をお見せするがいかがだろうか。余談になるが、数ある素晴らしいゴシック大聖堂の中で、個人的に、この「凍れる音楽」という表現が最も当てはまると思うのが、ウィーン大聖堂の尖塔だ。大変残念ながら、ここでも数年に亘り修復の覆いが被されていて、10年以上再会出来ていない。いつここでご紹介できることか。

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~垂直性と水平性が共存する堂内~

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~身廊から内陣方向を見たところ~

鐘楼の事ばかり話してしまったが、堂内もなかなか素晴らしい。全長118m、天井高28mと、かなりの規模の大聖堂だ。1200年代初めに着工し、1312年には献堂されたが、当時完成していたのは一部のみで、その後ブラバント・ゴシック様式で建設が進み、内陣が完成したのが、1451年、その翌年から鐘楼の建設が始まり、1520年に今ある高さになった。

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~高く、鋭角なアーケード~

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~内陣最奥部~

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~最奥部上部~

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~身廊にある、繊細な木造彫刻の説教壇~

身廊はアーケードが全高の半分のところにまで届いておりかなり高い。上層部分は高窓層の下部に擬似トリフォリウムが組み込まれた2層構成となっている。ただ、アーケードの円柱はかなり太く、かつ上層との間に水平線が引かれ、垂直性が一旦分断されている。ただ、ラン大聖堂等の初期ゴシック様式とは異なり、鋭角の尖頭アーチと相俟って、垂直性と水平性が程よく調和しているような印象を受ける。

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~北翼廊のステンドグラス

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~同拡大部分~

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~南翼廊のステンドグラス~

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~ステンドグラス(1)~

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~ステンドグラス(2)~

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~ステンドグラス(3)~

窓にも、あまり古いものではないが、美しいステンドグラスが嵌め込まれており、特に、翼廊は、一面大変巨大なステンドグラスで満たされている。

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~北側廊礼拝堂~

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~複雑な交差ヴォールト~

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~大理石の彫刻~

また、北側廊にある礼拝堂は天井のオジーヴ(助骨穹窿)が複雑に入り組んでおり、イギリスやドイツのそれを思わせる。囲いの下部にある大理石の彫刻には、天使の葡萄積みの様子が微笑ましく描かれている。

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~昼間の大聖堂、曇天で残念~

今回訪れた日は生憎の空模様だったが、晴天の日には、鐘楼が青空に映える様が実に美しい。外国とは言え、パリから3時間強の距離、また近い内に訪れたいと思う。


シャルトル大聖堂(4)~夏のライトアップショー~

夏のライトアップショー第三弾はシャルトル大聖堂。ここのライトアップショーは以前もご紹介したことがあるが、なんだか安物っぽくてあまり感動しなかったのだが(前回見たのが2010年、それから一度も見に行っていない。前回の記事はこちら:http://coutances.blog62.fc2.com/blog-entry-17.html)、今年はライトアップショー10周年記念ということで例年よりもかなり大掛かりなショーをやるというので久しぶりにシャルトルに出掛けてみた。

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~夕闇が降りたシャルトル大聖堂西正面~

ちなみに、シャルトルのライトアップショーは、大聖堂だけではなく、≪Chartres en Lumières(光のシャルトル)≫というテーマで、街中にある30近くもの歴史建造物が様々な趣向を凝らしてライトアップされるというもの。フランスでは、ここシャルトルのみならず、色んな町が、町ぐるみでこういった光のショーを開催し、観光客を集める努力をしている。こういう実践的な行動力あるフランスの自治体には本当に関心させられる。シャルトル以外では、メッツ、ストラスブール、ブールジュ、ル・マンなどが素晴らしい光のショーを見せてくれる。”

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~蛍石のような光を揺らめかせる不思議なライトアップ~

さて、10周年記念のライトアップショー、前評判に違わず、素晴らしいものだった。ちなみここでも、プロジェクションマッピングが大活躍していた。

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~薔薇窓を中心に輝く光と立ち上る彫刻群~

まず、西正面薔薇窓が光で輝き、両端から、聖人の彫刻が浮かび上がってくる。

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~幻想的が青い光がゆらめくと~

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~薔薇窓のところから少しずつ花が咲き始め~

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~一面輝く花々で満たされていく~

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~花は一層豊かになっていき~

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~西正面を埋め尽くす~

その後、青い淡い光が蛍のように揺らめき、下から段々と花が咲き乱れていく。

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~幾何学模様が映し出され~

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~背景には文字も浮かび上がり、錬金術の書物でも読んでいるよう~

次には、薔薇窓を中心に三角や遠景の幾何学模様が描かれ、その背景に文字が浮かび上がる。難しい定理でも解いているのだろうか。中世に色んな謎を解き明かしていったことを暗示しているよう。

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~紅水晶のような桃色の光が~

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~徐々に深い青へと変化していく~

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~そして鮮やかな青となり~

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~西正面を浮かび上がらせる~

一旦暗転すると、今度は、紅水晶のような桃色で西正面が満たされ、下から鮮やかな輝く青に変化していく。

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~黄金色を背景に聖人像が浮かび上がる~

そして黄金色に輝いたかと思うと、

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~深い銀色と青色が混じり合いながら~

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~浮かび上がったり、揺らめいたり~

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~幻想的な世界を観る人を誘い込む~

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~西正面一面の光が線へと収斂しながら~

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~西正面の輪郭を浮かび上がらせていく~

そして最後に、深い銀や青へとゆらゆらと明滅しながら色彩を変え、ショーが終わる。

なかなか、これは幻想的なスペクタクルだった。今年の夏に行った大聖堂のライトアップショーはこれで終わり(と言っても、シャルトルのものは4月から9月迄、半年間やっている)。まだまだ見ることの出来ていない素晴らしいライトアップショーがフランスにはあるので、また来年色々と回ってみたい。


バイユー大聖堂(ノルマンディー)

夏の夜のスペクタクル第二弾は、ルーアンと同じくノルマンディーにあるバイユーの町の大聖堂。

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~バイユー大聖堂西正面尖塔~

ここは初めてご紹介するところなので、まずは簡単にバイユーの町について。ノルマンディー地方は実は結構広く、高ノルマンディー地域圏(Haute Normandie)と低ノルマンディー地域圏(Basse Normandie)の2つの地域圏から成る。前者の首府がルーアンで、バイユーは後者にあるカルヴァドス県に属する。ちなみに低ノルマンディー地域圏の首府はカン(Caen)という町で、ゴシックの先駆けを示す素晴らしいロマネスクの修道院がある。また、カルヴァドス県の名前となっているカルヴァドスはご存じ林檎の蒸留酒で、この辺りが生産地となっている。地元に行けば、結構安くで買うことが出来る。

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~鄙びた町の風景~

バイユーの町は小さいながら(人口約13千人)も鄙びた風情のある美しい町で、英仏海峡から僅か数キロ内陸にあることから、英国人の観光客も多く、街中を歩いているとよく英語を耳にする。この町で最も有名なのは、大聖堂ではなく、ユネスコの世界遺産にもなっている「バイユーのタペストリー」だ。11世紀のノルマンディー公ウィリアムのイングランド征服を描いた全長70mにも及ぶ非常に長いタペストリーで、略千年も前の刺繍であるにも拘らず、今でも美しい色合いを残している。ちなみにこのタペストリーは元々バイユー大聖堂に飾られていたものだ。

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~斜め後ろから見たところ~

ところで、ノルマンディー地方は今でこそ、美味しい食べ物と穏やかな景色で人々を惹きつけているが、第二次大戦中は、ドイツ軍に占領され、かの有名なノルマンディー上陸作戦の舞台となり、多くの町が甚大な被害を被った地域でもある。至る所に被害者の記念碑等が建っており、ここバイユーにもノルマンディー上陸作戦記念館がある。300万人近い兵員が動員された、第二次大戦上最大の上陸作戦は、ノルマンディー制圧に2か月を要したが、バイユーに関しては、決行日である1944年6月6日の翌日に、連合軍によりドイツ軍から解放されたこともあって、戦争の被害を殆ど受けなかった数少ない町となっている。ちなみに、お隣のマンシュ県にあるサン・ロー(Saint-Lô)という町等は、ノルマンディー上陸作戦により、町の90%が破壊されるという、甚大な被害を受けた。結果、クータンス大聖堂と並び、ノルマン・ゴシックで最も美しいと称されたサン・ロー大聖堂の尖塔が、基部のところから爆撃により完全に崩壊してしまった。この尖塔は戦後も、「歴史の悲劇を繰り返さないため」修復されず、そのままの姿を残している。今では白黒の写真でしか在りし日の姿を見ることが出来ない。サン・ロー大聖堂はまたいつかご紹介させて頂くとして、現在の姿と、在りし日の白黒写真を以下に載せておく。愚かな歴史は本当に繰り返してはならない。

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~大分ぼやけているが、サン・ロー大聖堂の昔の写真、すっと伸びる尖塔が美しい~

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~見る影も無い現在の西正面~

さて、少し話がずれたが、バイユー大聖堂に戻ろう。典型的なノルマン・ゴシックの大聖堂で、低ノルマンディー地方では、クータンスと並び美しいゴシック大聖堂に数えられる(ただ、繰り返しになるが、先のサン・ロー大聖堂がもし今でも元の姿で残っていたなら、クータンス、バイユーと共に、「ノルマンディーの3貴婦人」などと言って観光客を集めていたかも知れない、本当に残念だ)。

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~全景、華麗な外観~

ノートルダムに捧げられた大聖堂は、ゴシック様式到来前の1077年に奉献されたことから、今でもクリプトや西正面尖塔の一部等にロマネスク様式の部分が残っている。その後2度の火災を経て修復、新たな建設が続けられ、ノルマン・ゴシックの特徴を取り入れながら、13世紀半ばには大部分が完成する。

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~西正面~

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~尖塔を斜め後ろから見る~

ノルマン・ゴシックの特徴は、以前セー大聖堂をご紹介した際にも話したが、垂直に伸びる直線の多用による上昇感の強調、低い天井、中央交差部の採光塔、といったものが挙げられるが、バイユー大聖堂はそれら全てが備わった典型的なノルマン・ゴシック様式の大聖堂だ。全長102m、西正面尖塔高73-75mと、低ノルマンディー地域圏では最も大きな大聖堂の一つとなっている。

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~遠くから見るとロマネスクの面影を残しているのが分かる~

個別に特徴をみていこう。まずは西正面。大きな控え壁で垂直性を表現した骨太な構造がすっと伸びる尖塔へと繋がる。装飾は殆どなく、シンプルな垂直線の強調がノルマン・ゴシックの特徴となっている。一方、尖塔上部はロマネスク様式の特徴を備えた簡素な造り。扉口は計5つあるが、両端の2つは疑似ポーチで、実際には3廊式の大聖堂だ。

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~堂内~

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~外陣身廊、大きなアーケード、トリフォリウムが水平性を強調している~

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~愉快な彫刻~

内部もノルマン・ゴシックの特徴を良く表している。天井が低く、奥行のある構成。まず外陣から見てみよう。主廊下部のアーケードが尖頭アーチでなく、円形となっており、円柱も非常に太い。また、壁面が多くの彫刻装飾で埋め尽くされており、この辺りはノルマン・ゴシックというより、むしろ英国の初期ゴシック様式に近い(ハリーポッターの撮影が行われた、北部イングランドのダラム大聖堂なんかと良く似ている)。次の層のトリフォリウムは非常に低く下部のアーケードと高窓層を隔てて奥へと延び、垂直性よりも水平性を重視する形となっている。高窓層の窓は非常に大きく、側面をアーケードと高窓層で2部するような構成になっている。

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~内陣、完全なゴシック~

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~周歩廊から身廊を見上げる~

一方、内陣は外陣と打って変わって完全なゴシック様式。下層アーケードも尖頭アーチを採用して高く、円柱は天井迄途切れることなく伸び垂直性を強調している。トリフォリウムも外陣に比べはるかに大きくなり、高窓層へと連なる。この辺りは13世紀になってから建設されており、時代の変遷が良く分かる。

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~周歩廊礼拝堂~

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~数は少ないが美しいステンドグラスも嵌め込まれている~

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~ステンドグラス(2)~

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~光と闇の対比~

さらに奥へと進むとレヨナン式の放射状礼拝堂が迎えてくれる。外に回って後陣を見るとフライングバットレスとの調和が大変美しい。

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~交差部~

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~翼廊礼拝堂~

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~翼廊部分~

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~西正面尖塔と中央採光塔~

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~後陣の放射状礼拝堂が美しい

中央交差部の採光塔はフランボワイアン様式で15世紀に建設されたものを19世紀に修復したもの。緑青色のドームが冠され、繊細で華麗な姿を見せてくれる。この中央採光塔は、フランスのゴシック大聖堂中でも、最も美しいものの一つだと思う。

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~ライトアップ(1)~

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~ライトアップ(2)~

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~ライトアップ(3)中央交差部と採光塔~

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~ライトアップ(4)緑色の光が幻想的で美しい~

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~ライトアップ(5)~

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~ライトアップ(6)~

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~ライトアップ(7)翼廊~

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~ライトアップ(8)~

それ程大規模ではないが、華麗で美しいバイユー大聖堂は、これを見るためだけでも、わざわざ訪れる価値があると思うが、夏の間に催される夜のライトアップショーは、一泊してでも見る価値のあるものだ。7月中旬から8月末まで、火、水、土のみ行われるこのショーは、大聖堂の南側面を色取り取りの光で照らし出す、というもの。赤から紫、緑と徐々に色彩が変化する様はとても幻想的で、まるでお伽の世界へと入り込んだような気分になる。

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~ライトアップ(9)

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~ライトアップ(10)ちょっと幻想的過ぎてディズニーランドみたい~

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~ライトアップ(11)~

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~西正面は通常のライトアップ、こういうシンプルなのも美しい~

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~同じく西正面ライトアップ~

ただ、あまりに色彩が鮮やか過ぎて、ディズニーランドのショーを見ているような気分にも少しなったりするが。それでも素晴らしいスペクタクルには変わりない。この時期日が暮れるのは21時半~22時頃、地元のレストランで、地元の林檎酒シードルを飲みながら、名物のガレットを食べてライトアップが始まるのを待つ。値段も安くて美味しい。レストランの雰囲気も素朴で、こういった一時が、お金を掛けずに気軽に味わえるのもフランスの良さだろう。


プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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