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サン・カンタン聖堂(ピカルディー地方)

ゴシックの教会堂は、小規模のものも含めて、有名なものは殆ど全て一度は見たことがある、例えまだ訪問したことはなくても、知識として存在は知っている、と思っていたが、今日ご紹介するサン・カンタン聖堂は、その素晴らしさと、そして後程述べるその特異な構成にも拘らず、全く知らなかったゴシック聖堂で、今回たまたま訪れていなかったら、ずっと知らないままだったと思う。

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~サン・カンタン聖堂、西正面が未完のまま~

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~斜め後ろより眺める~

サン・カンタンの町は、以前ラン大聖堂のところで紹介したが、ピカルディー地方エーヌ県にある町で、人口約56千人の、県庁所在地のランより大きい、同県最大の町だ(にしても、県で一番大きな町が人口10万人以下とは、日本に比べるとはるかに小さいなあ)。

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~堂内にあるラビリンス、ちゃんと残っているのは珍しい~

たまたま違う用事でサン・カンタンの近くまで来て、パリに戻る途中道路から横目に町の遠景を眺めると、中心部に大きなゴシック様式の教会堂が聳えている。これは折角だからちょっと覗いて帰ろうと思って寄ってみたのが、サン・カンタン聖堂だった。

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~身廊から内陣方向を見る、上昇感のある構成~

町の名前と同じサン・カンタンとは、「聖カンタン」、三世紀にこの地で殉教した聖カンタンに捧げられた聖堂だ。聖遺物を祭るために初代の教会堂の建設が開始されたのが七世紀末、数多くの巡礼者達を迎え入れられるより大規模な聖堂の建設を参事会が決定したのが12世紀末のことだ。以降建設は急ピッチで進められ、13世紀始めには周歩廊の放射状礼拝堂が完成、そして1257年には内陣と第一翼廊が完成する。

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~2つの翼廊を持つ~

ここで第一翼廊という聞き慣れない言葉を使ったが、これがこの聖堂の非常にユニークな点で、なんと翼廊が二つ存在するのだ。これはフランスでは大変に珍しく、クリュニー派修道院の、今は存在しないクリュニー第三聖堂、スヴィニュー修道院位にしか同じ様式を見ることができない。前者は有名な、もし現在でも存在していたら、全長187m、天井高33mを誇るロマネスク様式最大の教会堂(ロマネスクのみならず、フランスで最も巨大な教会堂の一つと言っても良いだろう)となっていたのだが、破壊されてほんの一部しか存在しておらず、また、後者は実際にはPrieuréと呼ばれる修道院に従属する小修道院であり、ゴシック様式の大規模な教会堂としては、このサン・カンタン聖堂が、フランスで2翼廊を持つ唯一・最大の教会堂なのだ(但し、イングランドにはカンタベリー大聖堂やリンカーン大聖堂等、同様式のゴシック大聖堂が存在する)。このような建築構造上ユニークな存在のゴシック教会堂を今迄知らなかったとは、まだまだ勉強不足だなと痛感したと共に、まだ知らないゴシックの教会堂でも素晴らしいものがあるのでは、と期待を膨らませることにもなった。

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~非常に垂直性の強い堂内~

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~34mという天井高よりはるかに高く感じる~

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~中央翼廊南側面の彫刻、彩色が残っている~

ちょっと話が横に逸れてしまったので元に戻そう。その後すぐに第二翼廊(中央交差部にある翼廊でこちらが本来の翼廊)の建設が始められるが、百年戦争とペストにより建設は遅れ、完成したのは14世紀終わり、そして外陣身廊が完成するのは15世紀半ばであった。その後、スペインによる占領やフランス革命による「理性」の名の下の破壊・閉鎖により、ついに西正面は完成されることがなかった。今でも非常にお粗末な仮の壁面があるのみで、側廊に対応する部分は、壁面が剥き出しになり、双塔が建てられる計画だったんだろうな、ということが想像できる。とは言うものの、規模としては、全長117m、天井高34.5mと、非常に巨大な聖堂で、サン・カンタンの所属する司教区の司教座聖堂つまり大聖堂はソワソン大聖堂だが、こちらは全長116m、天井高31mと、サン・カンタン聖堂の方が巨大な教会堂となっている。

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~中央翼廊、この垂直性が強調された壁面!~

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~中央翼廊南側全体~

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~アミアン大聖堂と間違いそうな壁面構成~

こうして3世紀の長期間に亘り建設が続けられたものの、全体としては非常に統一感の取れた構造になっている。垂直には他のゴシック大聖堂と同様3層構成になっているが、身廊アーケードは非常に高く、その上には非常に細い(低い)トリフォリウムの層、そして上に続く高窓層も剣のように細長く、垂直性・上昇感の非常に強調された構造になっている。

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~内陣周歩廊から内陣上部と第一翼廊を仰ぎ見る~

中央翼廊には薔薇窓は無く上部にランセットがあるのみで、下部壁面には規則正しく垂直の線が伸びており、これがまた堂内の垂直性を強調するのに一役買っている。

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~内陣と北第一翼廊~

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~こちらは内陣と南第一翼廊~

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~フランボワイアン様式の南第一翼廊~

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~北第一翼廊~

堂内で最も素晴らしいのは内陣と先程述べた第一翼廊、そして周歩廊の放射状礼拝堂とが創り出す他に例のない空間だ。外陣から内陣に向かって強い垂直性を感じながら進んで行き、中央翼廊でも先程述べたように途切れることなく上昇感を感じながら内陣へ入っていくと、急に第一翼廊により、横方向に視界が開ける。大きな窓が穿たれており、内陣上部の窓からだけではなく、側面からも光が注がれ、一面が浮かび上がるような感覚になる。とは言うものの、中央翼廊よりはるかに幅の狭い第一翼廊は外陣から続く垂直性を減じることなく、視線を内陣最奥部上方へと移させてくれる。そしてそこには、鮮やかな極彩色の光の帯を堂内に落とす、中世の美しいステンドグラスが嵌め込まれている。

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~内陣最奥部~

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~放射状礼拝堂群、素晴らしい円柱の配列美~

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~中央放射状礼拝堂~

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~礼拝堂内の13世紀のステンドグラス~

目線を自身の高さに落とし、前方を見ると、こちらでも視線が大きく開ける。内陣の最奥部に通常ある祭壇及びそれを取り囲む壁面が存在しないため、内陣中央部から周歩廊とそのさらに奥の放射状礼拝堂群が一望の下に見渡せるのだ。天へと昇る上昇性と前方に開かれた開放感。内陣は神の領域、そうであるならば、サン・カンタン聖堂内陣ほど、人間の存在を超える尺度・感覚を抱かせてくれる空間は無いのでは、と思わされる。

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~内陣~

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~内陣高窓~

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~北第一翼廊のステンドグラス~

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~南第一翼廊と内陣~

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~北第一翼廊から内陣上部を見上げる~

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~周歩廊から内陣越しに身廊を見る~

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~西正面裏側にあるエッサイの樹の浮彫彫刻~

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~外観側面、翼廊が2つあるのが良く分かる~

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~後陣~

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~放射状礼拝堂外部~

外観を見ても、今までご紹介してきた内部構造が良く理解できる。規則正しいフライングバットレスの列が垂直性を一層強調する。今回、本当に偶然に、この素晴らしいサン・カンタン聖堂を訪れることができたわけだが、事前に知らなかっただけに、とても得をしたような気分になった。また、このような発見があることを期待してゴシック建築巡りを続けよう。

サント・シャペル(パリ)

パリの中心部シテ島には、10世紀から14世紀に掛けて利用された国王の宮殿が存在していた。この一部がその後コンシェルジュリと呼ばれる牢獄として使われ、マリーアントワネットが処刑される直前迄囚われていたことはまありにも有名な話だが、宮殿として利用されていた際、国王の礼拝堂として建設されたのがサント・シャペル(聖礼拝堂)だ。ルイ9世の命により、1242年に着工、1248年に献堂と、非常に短期間で建設が進められた。設計者は、かのサン・ドニ大聖堂の内陣を設計したピエール・ド・モントルイユと言われている。

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~サント・シャペル外観、下部と反対側が修復のため覆われている~

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~西正面、二層構造になっているのが分かる~

サント・シャペルは、先般のアーヘン、ケルン両大聖堂のところでもお話した、聖遺物を奉るいわゆる「箱」として建設された。奉られたのは、キリストが磔刑に処された際被せられた茨の冠の一部と聖十字架(キリストが磔り付けにされた十字架)の一部。悪名高い第四回十字軍により東ローマ帝国の首都であったコンスタンティノープルを陥落させ、建国されたラテン帝国の最後の王ボードワン2世は、外部からの進攻に怯え、防御を強化するため多額の軍事費が必要であったことから、上記聖遺物を売りに出したのだ(真偽はともかく、聖遺物が崇拝の対象となっていたのなら、聖職者が己を守るために聖遺物を売り払うというのはあまりにも矛盾する話だと思うのだが)。これを聞いた信仰の篤いルイ9世が、大金をはたいて上記の聖遺物を譲り受けたのだ。ちなみに茨の冠の一部の金額は135千リーブル。これを納めるサント・シャペルの建設費用が40千ルーブルであったから、どれだけ高価であったか容易に想像できる。

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~下層、濃い青の天井と金色の柱の色彩の対比が美しい~

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~東端部分~

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~周辺部分~

さて、サント・シャペルはシャペル、つまり礼拝堂なので規模は小さいが、壁面をステンドグラス化するということがゴシック建築の目指したものの一つであるとするならば、サント・シャペルは、ある意味では一つの頂点とも言える建築物だ。2層構造になっており、下層は使用人達のための空間で、国王とその一族・賓客等だけが入ることのできる上層を支える役割も果たしている。そのため、天井は低く、窓も小さい。そして下層による堅固な基礎を持った上層が、「色彩の宝石箱」とまで称される、控え壁を除く壁面全てをステンドグラスに置き換えた完全なゴシック建築となっている。

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~上層、西薔薇窓と壁面~

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~薔薇窓と天井~

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~東端~

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~南壁面のステンドグラス(1)~

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~南壁面のステンドグラス(2)~

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~東端と南壁面~

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~薔薇窓と南壁面~

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~拡大部分~

外部からでも壁面が全て窓ガラスと化した様は十分に認識できるが、内部から見た印象はより圧倒的だ。光の洪水に身を浸すということは正しくこのことだろうと思う。前後左右、全てがステンドグラスで覆われている。かつ、西正面の15世紀のフランボワイアン様式の薔薇窓を除き、全て13世紀のステンドグラスが嵌め込まれていることから、色彩、様式共統一感があり、大変美しい。上層の天井高は20.5m、ステンドグラスの総面積670㎡と、いずれもアーヘン大聖堂の半分強の規模だが、建物全体に占める窓の割合ははるかにこちらの方が大きく、明るい印象を受ける。それぞれの窓には聖書の物語が描かれており、シャルトル大聖堂西正面大窓のエッサイの家系樹と同じ主題のステンドグラスもある。

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~黙示録を主題とした西薔薇窓~

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~西薔薇窓拡大部分~

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~右側がエッサイの家系樹のステンドグラス~

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~茨の冠を被せられる場面~

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~ここでも修復、北側のステンドグラスが殆ど見えない~

ただ、またここでも非常に残念なことに、北側の殆どが修復工事のため覆いが被され、ステンドグラスを見ることができなかった。修復工事は何と2008年から始まって、まだ終わっていない。何故どこもかしこも、こんなに長期間を要するのだろう。サント・シャペルに限らず、修復工事は一日も早く完了して欲しい。

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~色鮮やかな彫刻と壁面装飾~

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~嵌め込まれている七宝も綺麗~

ちなみに、今回は空いている内に入りたかったので開館の10時を少し過ぎた頃に行ったのだが、もう既に長蛇の列、入るのに30分以上も並ばされた。で、お昼前に出た頃には入った時の倍以上の長い列が出来ていた。改めてここは世界中の人達が集まる観光地パリの中心にある、一大観光名所なんだなあ、と実感させられた。と同時に、「ちょっと行ってみるか」と気軽に来ることのできる自分は本当に運がいいなあ、ということも改めて教えられた。

聖ウスタッシュ聖堂(パリ)

パリにはノートルダム大聖堂以外にも素晴らしいゴシックの教会堂が沢山ある。今回は、パリの中心部レ・アールにある聖ウスタッシュ聖堂をご紹介したい。

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~聖ウスタッシュ聖堂側面~

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~斜め前から見る、西正面はルネサンス様式~

ちなみに聖ウスタッシュ(日本ではエウスタキウスと呼ばれる)は、2世紀始めに殉教したとされる聖人で、ローマ帝国のハドリアヌス帝に、ファラリスの雄牛によって火刑となったということだ。このファラリスの雄牛というのは、中が空洞の真鍮の牛で、この中に死刑者を閉じ込め、下で火が焚かれ、炙り殺されるというわけだ。これは実際にあった処刑の道具らしい。何とも残酷な処刑方法だ。

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~後陣~

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~堂内、身廊から内陣方向を見る、細い円柱と高いアーケードにより垂直性が強調される~

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~側廊から身廊を見上げる~

聖ウスタッシュ聖堂は後期ゴシック様式の代表作の一つとされており、1532年に建設が開始される。その後幾度に亘る中断を経て、1637年にようやく完成する。外観、特に西正面はルネサンス風の古典的で簡素が造りが見られるところがあるが、堂内は非常に洗練されたゴシック様式の空間が広がっている。中でも特筆すべきは、細い円柱がもたらす上昇感だ。天井高は33.46mとパリのノートルダム大聖堂と殆ど同じであるにも拘らず、身廊を支える円柱は非常に細く、かつ、アーケードも高く設定されている。これらのもたらす効果は印象的で、実際の規模を考慮しなければ、アミアン大聖堂よりも堂内の垂直性が強調されているように思われる。

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~森林の中にいるような感覚になる円柱群(1)~

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~円柱群(2)~

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~円柱群(3)~

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~南翼廊を見る~

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~内陣、すらっと伸びた円柱が美しい~

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~中央交差部より西正面方向を見る、フランス最大のパイプオルガン~

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~淡い光が堂内を満たす~

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~静寂の一時~

また、ブールジュ大聖堂やスペインのトレド大聖堂のように、側廊が2つある五廊式であるにも拘らず、側廊のアーケードも非常に高いので、堂内全体が横に広がるような印象を受けない。2つの側廊が同じ高さになっているのも大変珍しい。よく、ゴシック大聖堂の堂内は、その数多い円柱と天井に向かってすっと伸びる円柱、として高い天井から、森林に例えられることが多いが、この聖ウスタッシュ聖堂こそ、この表現がぴったりだと思う。幹の細い、そして高い木々が沢山生い茂り上方で枝葉が重なり合う(下から伸びた円柱が交差ヴォールトによりそれぞれ繋がる)。ステンドグラスから差し込む淡い夕日が、上方の枝間から洩れる光の縞のように見える。パリの真ん中にありながら、喧騒も全く聞こえず、静寂の時間が流れていく。

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~2列になっている側廊、非常に高いアーケード~

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~南翼廊薔薇窓~

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~拡大部分~

ステンドグラスもそれ程古くはないが数多く嵌め込まれており、中でも、翼廊北側の薔薇窓は構図、色彩の構成共に大変美しく、最も好きな薔薇窓の一つだ。また、フランスで最も大きなパイプオルガンがあったり、オランダの巨匠ルーベンスの絵画があったりと、意外に見所の多い聖堂だ。

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~夕日がステンドグラスを通して淡い光となり天井を浮かび上がらせる~

今回久しぶりに訪れたが、結構見応えがあった。パリには他にも美しい教会堂が沢山ある。ちょっと外に出れば、こういった素晴らしい歴史遺産に簡単に出会えるというのは、パリに住んでいる数多いメリットの一つだと思う。次回は、こないだご紹介したアーヘン大聖堂内陣と非常に似ているサント・シャペルをご紹介したい。

聖ゲレオン聖堂(ドイツ、ケルン)

アーヘンに一泊した翌日はケルンに向かった。やはりアウトバーンは非常に快適。大変走りやすい。70kmほどの距離なので小一時間で着いた。ケルンは言わずと知れたドイツ有数の大都市で、人口は約百万人。百万人超の町なんてパリ位しかないフランスから来ると本当に大都会だ。起源はローマ時代に迄遡り、ライン川に面していることから中世の時代より交通の要衝として発展し、また、宗教上も、8世紀には大司教座が置かれるなど、非常に重要な町であった。

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~聖ゲレオン聖堂円形ドーム~

大司教座が置かれていたからでもあるが、この町には非常に教会堂が多い。有名なケルン大聖堂は勿論のこと、規模の大きいロマネスク様式の聖堂が12もある。どれも個性的で魅力があるが、一つアーヘン大聖堂と同じ集中式を採用している大変美しい聖堂があるので、ケルン大聖堂をご紹介する前に、少しこちらをご紹介させて頂く。

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~聖ゲレオン聖堂西正面~

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~内陣部分、双塔と共にロマネスク様式で建てられている~

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~円形部分、尖頭アーチの窓、フライングバットレス等ゴシックの要素が見られる~

4世紀にここケルンで殉教した聖ゲレオンに捧げられた教会堂で、1151年に着工、1227年に完成している。非常に面白い形をしており、西正面を入ると、アーヘン大聖堂のように、10角の長円形のドームがあり、その延長線上に内陣が存在する。基本的にロマネスク様式で建てられているが、長円形ドームの支え等に小規模なフライングバットレスが使用されていたり、窓が緩やかだが尖頭アーチになっていたりと、ゴシック的要素も採用されている。

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~長円形身廊の四層構成~

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~上部2層はかなり明るい、ゴシック的~

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~奥に見えるのが内陣~

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~朱色の天井と色彩豊かなステンドグラスの調和が美しい~

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~側廊窓の簡素なステンドグラス~

特に特筆すべきは長円形のドームで、四層構成になっており、アーケードの上には初期ゴシックと同様の階上廊トリフォリウムが存在し、その上には擬似廊下のトリビューン、そして最上層には高窓層と、初期ゴシックと同じ構成をしている。ゴシックの身廊同様、上部2層には大きく窓が取られていることからかなり明るい。嵌め込まれているステンドグラスは近代のものだが、色彩豊かで美しい光の帯が地上迄降りてくる。朱色の天井とのコントラストが素晴らしく、見上げると大きなオパールが浮かんでいるかのような感覚になる。この他にも、ドイツには集中式の教会堂が結構残っており、中にはトリアー聖母聖堂のように、完全なゴシック様式で建設された非常に面白いものもあるので、またいずれご紹介させて頂く。と前置きはこれ位にして、次回はケルン大聖堂をご紹介したい。

ジゾール参事会教会堂

パリの西側にあるノルマンディー地方には、前にもいくつかご紹介したが、中小の規模ながら、なかなか素晴らしいゴシックの教会堂が沢山存在する。今回は、ちょっとしたピクニックがてら、パリから西北西に70km程のところにあるジゾール(Gisors)という町に行ってきた。

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~非常にユニークな外観のジゾール参事会教会堂~

ここには、もう15年程前になるが、会社からフランス語研修でルーアンに来ていた時の学校の先生に、ゴシック建築が大好きだ、と言ったら、「だったらジゾールに行ってみろ、あそこにはゴシックとルネサンスが真ん中でくっついた面白い聖堂がある」と聞いてから、ずっと頭の片隅には残っていたのだが、なかなか機会が無く来ることができていなかったところだ。15年経ってようやく、「ゴシックとルネサンスがくっついた」聖堂がどんなものか見ることができたわけだ。

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~ジゾール城主塔~

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~主塔を取り囲む城壁~

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~15世紀の洗濯場跡なんてのも残っている~

このユニークな聖堂を紹介する前に、簡単にジゾールの町を紹介していきたい。今では人口1万人強の小さな町だが、中世には非常に重要な役割を担っていた。というのも、この町は、当時のフランス王国とノルマンディー公国の国境に位置していたからだ。1180年には、フランスのフィリップ2世とイングランドのヘンリー2世との間で、ジゾール条約が結ばれ、それまで永きに亘り続いていたフランス王国とノルマンディー公国との間の戦争に終止符が打たれた。また、1188年には第三次十字軍がここジゾールから出発してもいる。こういった背景から、中世の建造物として、ジゾール城が残っているが、これはロワール等にある貴族の館としての「お城」ではなく、戦闘のための「要塞」として活躍していた城だ。周りには城壁が築かれ、ところどころに物見櫓を配し、中心部に主塔を頂く。典型的な城塞で、しかもこのようにかなり当時の形で残っているものは珍しいと思う。今では綺麗に整備された城塞の中で主塔を見上げながら持って来たおにぎりを頬張るのはなかなか気分の良いものだった。

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~昔は「大聖堂」と呼ばれていた迫力ある西正面~

さて、肝心の聖堂の方だが、正式には、聖ジェルヴェ・聖プロテ参事会教会堂という名前で、大聖堂と名乗れる司教座大聖堂ではないにも拘らず、その規模(全長70m、天井高24m)から昔は「ジゾール大聖堂」と誤って呼ばれていた。ちなみにジゾールの属する司教座はエヴルーという町で、ここにはフランボワイアン様式の素晴らしい翼廊装飾を持つ大聖堂がある(残念ながら、ここも修復工事中で全体に覆いが掛かっていてまだご紹介できていない。いつご紹介できることやら...)。

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~身廊入口から内陣方向を見る~

着工は1160年頃と、ゴシック初期の建設時期と重なるのでかなり古い。1249年にはゴシック様式で内陣が完成する。その後、15世紀から16世紀に亘り建設は続けられ、数々の変更・改修を経て今の形となる。横から聖堂を見ると良く分かるが、翼廊のところで大きく聖堂の高さが異なっている。内陣の方が低く、外陣の方がかなり高い。内陣は初期ゴシックの時代に建設され、後陣は16世紀になって改築されたということなので、時代背景が関係しているのだろう。

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~翼廊部分、右が内陣で左が外陣、天井高の違いに注目~

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~外から見ると良く分かる~

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~こちらは内陣の周歩廊~

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~内陣上部はラン大聖堂のように平面になっている~

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~周歩廊から身廊方向を見る~

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~外陣側廊のほっそりとした円柱

ところで、「ゴシックとルネサンスがくっついた」というのは上記で述べたように天井高の違いはあるものの、堂内を見る限りは、建築様式の違いというのはあまり感じられない。最も、ルネサンス様式というのが、イタリアにおける古典復古様式であるので、それ以外の国ではそれぞれ独自に展開していったこともあることから、建築の構造を見て明確に「これがルネサンス様式」というのは無いのかも知れない。ただ、身廊の円柱の方が明らかにシンプルですっきりしており、かつ天井高に比べほっそりしている、ということが言える(これはむしろ後期のゴシック様式が目指したものではあるが)。

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~ルネサンス様式の螺旋階段~

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~エッサイの家系樹の彫刻~

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~ステンドグラス(1)~

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~ステンドグラス(2)~

ただ、入口を入ってすぐ右側(南側)にある螺旋階段は完全にロワールのお城で見るようなルネサンス様式。この階段のある小室には、シャルトル大聖堂やサンドニ大聖堂のステンドグラスの主題に見られる「エッサイの樹」の彫刻があり中々面白い。また、ステンドグラスも少ないながら美しいものが嵌め込まれている。

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~ゴシック様式の北塔とルネサンス様式の中央部分~

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~真正面から見る~

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~北から南へ高さが低くなると共に量塊が増していく、この反比例が独特のアクセントを与える~

ジゾール教会堂の最も魅力的なところは西正面だろう。これこそ正しく、「ゴシックとルネサンスがくっついたような」と言えるのではないだろうか。北塔は繊細なフランボワイアンの要素の入ったゴシック様式。一方、中央部分は完全なルネサンス様式で飾られている。尖頭アーチや切妻装飾は無く、円形アーチや円柱装飾が施されている。繊細な彫刻と古典的で簡素な円柱が、浮き彫り装飾となることにより複雑な印象を与える矛盾が、このルネサンス様式の中央部分に一層の魅力を与えている。そして南側の、「巨大な塔(grosse tour)」と呼ばれる、何の装飾もない、迫力のある量塊を持つ大きな壁面でしかない部分。当初はちゃんと塔を建設する予定だったらしいが、費用不足により基礎部分だけで未完成のままとなっている。だが、この単体では鈍重な南部分のお陰で、他の大聖堂西正面にはない、非常にユニークな外観を有することに成功しているのだと思う。とても個性的な面白い西正面だと思う。また、北翼廊部分は完全にフランボワイアン様式となっている。

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~南側面~

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~フランボワイアン様式の南翼廊と内陣周歩廊~

こういう中規模のフランスの教会堂を見てつくづく思うのだが、フランスのゴシック様式の大聖堂や聖堂は、個々の部分が、全体を生きた一つの存在として成立させるために貢献しており、その存在感が現在でも進行形で生き生きと見る者に伝わってくるのである。そうしてみると、やはりイタリアのゴシック建築というものは、本来一つの構成要素であるはずの西正面、堂内装飾等がそれぞれ単独で存在しており、全体として見ると、美しいのだが、生き生きとした存在感というものは感じられないのだ。改めて、フランスのゴシック建築は素晴らしいなあ、ということを実感した一日だった。


プロフィール

クータンス

Author:クータンス
学生時代からフランスとゴシックの大聖堂に魅せられ、紆余曲折の人生を歩んだ結果、フランス永住の道を選択しました。
ここでは、フランスを中心としたゴシックの大聖堂を紹介したいと思いますが、フランスでは夜になると大聖堂は勿論のこと、殆どの歴史建造物がライトアップされます。また、単なるライトアップのみではなく、いくつかの大聖堂では、素晴らしい光のスペクタクルを見せてくれるところもあります。こういった大聖堂の写真も一緒に載せていきたいと思います。

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